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「そうですか」
視線を外した一瀬君はつまらなそうにお猪口を空けて、熱燗を二本追加した。
「僕なんてもう恋愛する年でもないでしょう」
「そんな事ないですよ。課長はまだ46才なんですよ。男性として生々しいぐらいです」
生々しいという表現に胸がざわつく。
「ねえ、そう思いませんか?」
いきなり一瀬君にカウンターの上の手を捕まれる。
一瀬君の体温と、柔らかさを感じた。すぐに振り払うべきなのに、そうされているのが嫌ではなかった。
酔ったのかもしれない。
「はいはい、わかったよ」
右手でポンポンと僕の手を握る、一瀬君の手の甲を叩いた。
一瀬君はさらに甘えるように肩に頭を置く。シャンプーの香りと、一瀬君の香りが混ざった甘い、いい匂いがして、ドキッとした。
真面目な一瀬君がこんな事をしてくるとは思わなかった。
「課長って、日なたの匂いがしますよね。私、この匂い好き」
「酔ったの?」
「酔ってませんよ。甘えてるだけです」
笑った一瀬君の声がどこか寂しげだ。
もしかして、彼氏とケンカして面白くない事があったんだろうか。
だから、甘えてるんだ。そう思う事にした。
「しょうがないですね。今だけはお父さんになってあげよう」
「お父さんには甘えません」
「じゃあ、伯父さん」
「伯父さんにも甘えません」
「じゃあ、抱き枕ですか?」
「抱き枕にしていいんですか?お家に持って帰って、添い寝してもらいますよ」
「添い寝は彼氏にしてもらいなさい」
「年上の人がいいの」
「すっかり駄々っ子ですね」
「駄々っ子ですよ」
「しっかり者だと思ってたけど、君は甘え坊ですね」
「年上の人だと、甘えん坊になるんです。こんな私、嫌ですか?」
「かわいいですよ。小学生ぐらいの娘を持った気分になりました。中学生になると壁を作って甘えてくれないからね」
「反抗期ってやつですね。娘さんに手こずりましたね?」
「何でもよく話してくれる子だったんだけどね、赤飯の日から口を聞いてくれなくなりました」
「赤飯って、まさかアレ?」
驚いた一瀬君が肩から顔をあげた。
至近距離で目が合って、またドキッとした。
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