3 三年前の居酒屋【上村】

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「そうですか」    視線を外した一瀬君はつまらなそうにお猪口を空けて、熱燗を二本追加した。 「僕なんてもう恋愛する年でもないでしょう」 「そんな事ないですよ。課長はまだ46才なんですよ。男性として生々しいぐらいです」    生々しいという表現に胸がざわつく。 「ねえ、そう思いませんか?」    いきなり一瀬君にカウンターの上の手を捕まれる。  一瀬君の体温と、柔らかさを感じた。すぐに振り払うべきなのに、そうされているのが嫌ではなかった。  酔ったのかもしれない。 「はいはい、わかったよ」    右手でポンポンと僕の手を握る、一瀬君の手の甲を叩いた。  一瀬君はさらに甘えるように肩に頭を置く。シャンプーの香りと、一瀬君の香りが混ざった甘い、いい匂いがして、ドキッとした。  真面目な一瀬君がこんな事をしてくるとは思わなかった。 「課長って、日なたの匂いがしますよね。私、この匂い好き」 「酔ったの?」 「酔ってませんよ。甘えてるだけです」  笑った一瀬君の声がどこか寂しげだ。  もしかして、彼氏とケンカして面白くない事があったんだろうか。  だから、甘えてるんだ。そう思う事にした。 「しょうがないですね。今だけはお父さんになってあげよう」 「お父さんには甘えません」 「じゃあ、伯父さん」 「伯父さんにも甘えません」 「じゃあ、抱き枕ですか?」 「抱き枕にしていいんですか?お家に持って帰って、添い寝してもらいますよ」 「添い寝は彼氏にしてもらいなさい」 「年上の人がいいの」 「すっかり駄々っ子ですね」 「駄々っ子ですよ」 「しっかり者だと思ってたけど、君は甘え坊ですね」 「年上の人だと、甘えん坊になるんです。こんな私、嫌ですか?」 「かわいいですよ。小学生ぐらいの娘を持った気分になりました。中学生になると壁を作って甘えてくれないからね」 「反抗期ってやつですね。娘さんに手こずりましたね?」 「何でもよく話してくれる子だったんだけどね、赤飯の日から口を聞いてくれなくなりました」 「赤飯って、まさかアレ?」    驚いた一瀬君が肩から顔をあげた。  至近距離で目が合って、またドキッとした。
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