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 生徒会室は、扉の前に立ったときから騒がしかった。ドアを開ける。あっ、そー会長。真っ先に後輩の女子が反応した。一斉に注目を受ける。待たせてごめんね。謝りつつドアを閉める。  部屋の中心には高低差のある六台の机を向かい合わせにした長テーブルがある。机上には、さまざまな数字とマークのカードが乱雑ながらも中心と隅に集められている。トランプを囲んでいるのは七人中五人。他は課題をしていたらしく、それぞれ机上のノートやプリントと向き直る。  トランプ組の手元を一瞥する。手札を持っていない人がいる。持っていても数はまちまちだ。中心に置かれているカードは確かに数字や記号はまばらではあったが、おおかた上に行くにつれて数字が次第に大きくなっている。隅は、あてになりそうにない。大富豪かな。半ばあてずっぽうで見当をつけると、どこからともなくあたりだと返された。  大富豪の決着がつくのを待ってから、生徒会の活動を始める。今日は七月二日と三日に行われる文化祭についての話し合いだった。  若草高校には文化祭実行委員会、通称「文実」というものがあるので生徒会の出番はないように思われるが、文実はどちらかといえば補佐でメッセンジャーの役割だ。文化祭の総指揮を執る生徒会が決めたことを、クラスで報告する。また、クラスごとに文化祭で何をするのかを決め、生徒会に報告する。文化祭前日にはクラスや部活動が使う教室以外の校内の飾りつけをし、当日には生徒会の指揮のもとに仕事に就く。  ようは実行委員会とは名ばかりのもの。主導するのは生徒会だった。  今週末には文実を交えた話し合いが行われるため、その前に生徒会側で解決できる問題を片づけておくことと当日の大まかな仕事の割り振りを設定しておかなければならなかった。 「まずいきなりなのだけれど」上座に座り、資料をめくりながら司会進行を務める。「資料の最後から二枚目を見てほしいんだ」  有志団体まとめ。ポップ体で題が打たれていた。作ったのは香奈恵だ。  うちの文化祭では体育館のステージをメインステージと呼ぶ。メインステージでは軽音楽部、ダンス部など校内でもはなやかな部活動が日頃の練習の成果を披露する。正門から入ってきたときににぎわっている印象を客に与える戦略だ。  近年若草高校は県内でも上位の高校とは言われているものの隣県の県立高校がめきめきと偏差値を上げているらしいからか、受験生の定員割れを目前とする状態が続いている。教師が前回の――三年前の文化祭から外の催しに力をいれてくれ、と生徒会に頼み込んだのはもっともだった。最終的には文実兼生徒会の顧問と校長先生の承諾を得ることにはなるのだが、ホームルーム教室で開かれる催し以外のものに関しては生徒会と文実が場所や時間を調節する。  メインステージは集客のためのブースでもあるが、「県立若草高等学校」を宣伝するための場所でもある。本校は生徒の自由を規律の範囲内で尊重することを重んじているため、部活動ばかりが見せものをしているだけではいけない。部活動という大きい組織に限らず個人個人にも、自由に表現していることをアピールすることも重要だ。  ゆえにメインステージでは有志団体を募集する。漫才や演劇、バンドなどメインステージでできることならばなんでもオッケー。毎度それなりの数が名乗りを上げ、参加している。  だが、今年は少し様子がおかしかった。 「文化祭は三年に一度だから誰も前の文化祭がどうだったかは知らないと思う。だから、同じように前回の有志団体がどのくらいだったのか、香奈恵にまとめてもらった」全体を見渡しながら一枚めくる。  わあ、と何人かがどよめいた。倍か。左の手前から二番目に座る同学年の書記が、ため息混じりにつぶやく。 「そう。今年は有志団体が倍になっている。そしてこれは前の文化祭から言えることなのだけれど、有志団体には三年生が多いんだ」  三年に一度しかない文化祭が高校生最後の年に回ってきたとなれば、張りきってしまうのだろう。文化祭は学校行事で最も華がある。 「だから、できるだけ多くの有志団体にメインステージに上がってもらいたいと僕は思っている」  ――でなければ、バッシングを受けることは間違いない。高校生生活最後の思い出作りを阻止されたと主張して。  今日までさいわい、「生徒受けのよい生徒会長」を守り続けることができた。だがこの座も文化祭が終われば自動的に下ろされる。三年生は受験を控えているので、生徒会も部活動と同じように追い出しがある。今年の生徒会三年生は文化祭が最後の活動になる。最後の最後でイメージが変わることは避けたかった。最後の印象は頭の中に残りやすい。とはいえ、時間は限られている。どうあがいても何かしらの策を生徒向けに弄さなければならないことは確定だった。  不参加団体を作らず、時間内に収める策。 「いくつか質問したいのだけれど、体育館ステージの方は何団体分かの時間は作れそうかな?」 「可能ではないかと思います」右の手前、次期生徒会長候補がこたえる。「生徒会企画がほとんどですし、こちらにもいくつかの有志団体が入ることになってはいますが、前回比ですと二団体少なかったはずです」  読んだのか。内心で感心する。二週間前、生徒会内ではそれぞれの分担を決めた。分担に合わせて参考になるかもしれないと、前回の文化祭の資料をコピーして手渡してあった。彼は体育館担当だった。  ですが、と彼は続ける。「会長は、どの程度回したいとお考えですか?」 「二日合わせて八団体だと、どうかな?」 「八は」黒い細フレームの上で片眉が微かに寄る。「生徒会企画の時間調整を行っても厳しいかもしれませんね」  そうだよね。素直に引き下がる。無理だろうと思ってはいたので、さしたる感情は抱かない。他にステージはなかった。ゆっくりと瞬きをする。
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