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 下駄箱の前に立って、やはり変わらない光景にため息を抑えきれなかった。あたりを見渡す。廊下を見知らぬ生徒が通っていった。他に人影はない。今日一日の授業を終え、まだ予定のある者は校内にとどまり、何もない者は帰路についているはずだった。  とはいえこちらは、帰るために下駄箱の前に立っているのではない。いったん学校を出て戻ってきた。今日の生徒会で使う資料を家でコピーしてくるのを忘れ、コンビニに行ってきたのだ。学校内にもコピー機はあった。北校舎二階だ。  しかし、壊れてしまっていた。夏休みに漫画・イラスト研究部がイベントで出す漫画の原稿を大量に印刷したのが最後だという。すぐに直るものかと思われたが、これを機に印刷機を撤去しようということが職員会議で決まったらしい。近くのコンビニでやればよいというのが、生徒向けに発表された理由だった。おそらく経費削減が目的なのだろう。部活動以外であまり使われているところを見ていない。よく利用している部活動を中心に反対の声が上がっている。  職員室にも印刷機はあった。だがたった七人分の資料を複製するために、お邪魔するのも気が引けた。現在印刷機の収去を掲げている側としては、ここで少人数分の印刷を一人の生徒に許してしまえば、他の生徒たちも乗じて職員室で同じことをしにくる可能性がある。職員室は、職員のための部屋だ。生徒に向けて開かれてはいない。備品や設備も教師のためにある。頼みに行っても断られることは明白だった。  手に持ったままのスニーカーを、開いた箱の下段に押し込む。その手で上段の上履きに寄りかかっている封筒を取り出した。コンビニに行く前に入っていることには気がついていた。だが、見ない振りをしていた。永井聡太郎様。白い封筒には、細くしっかりとした字で書かれている。ボールペンだ。封はのりづけされていた。空いている左手で上履きを抜き取ると、捨てるように置く。履いてつま先を打ちつけながら、ゆっくりとのりをはがしていく。  今日の十七時に、体育館裏で待っています。  誰だよ。無地のメモ用紙にため息をつく。  手紙をいれるのは勝手にしてくれて構わない。中学生頃から年に何度か同じことがあるため、慣れている。だが、こうして手紙をいれられる度に思うのだが、せめて名前を書いていただきたい。細く丁寧な文字から性別は容易に見当がつくし、このあとの展開は想像に難くはない。受け取ってしまったからには行くことも決まっている。一方的な取り次ぎではあるが約束ができた以上、破るわけにはいかない。  だが問題は差出人だ。誰が現れるかによって、断り方も変えなければならない。性格が十人十色であるのならば、言葉の受け取り方も人によって違いがある。違いを見極めて相手が抱くことになる嫌な気持ちを軽減でき、かつ自分の印象を下げないようにする。正体を知り、断るまでに動揺や不自然にならないだけの沈黙を挟んだとしても、適切な言葉を探すにしては短い。  そう。永井聡太郎は指定された場所には顔を見せるが、告白を受けいれはしない。
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