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貴重な情報をありがとう。そう言って貸本屋の扉に手を掛ける。相変わらず建て付けが悪い。
ガタガタと今にも外れそうな扉を閉めて空を見上げる。雲ひとつない快晴。月が良く見える。
「朔? 」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、仕事帰りの柚月が立っていた。
「おかえり」
「ただいま。嶺二さんのお手伝いしてたの? 」
「うん。ねぇ、柚月ちゃん」
「なぁに」
「月が綺麗ですね」
確かに月は綺麗だ。だけど、そういう意味で言ったわけじゃない。
隣を歩いている柚月が目を瞬かせ、ほんのりと頬を染めたことには気づかないふりをした。
横から顔を覗き込むと、彼女がふいと視線を逸らし、その愛らしい唇で言葉を紡いだ。
「……死んでもいいわ」
彼女は確かにそう言った。
月が綺麗ですね。
死んでもいいわ。
あぁ、困ったな。どうしようもなく心がかき乱される。
愛おしくて、愛おしくて……胸が苦しい。
月明かりの下で瞳を潤ませている彼女の顎に指を添え、躊躇うことなく唇を重ねる。
それ以上でもそれ以下でもいけない立場を飛び越えてしまった。もう、後戻りはできない。まぁ、するつもりもないけれど……。
「柚月ちゃん。結婚しよっか」
——月がキラリと輝いた。
Fin
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