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full moon
貸本屋をはじめようと思うんだ。そう言って屈託のない笑顔を浮かべた嶺二の意見に反対する仲間はいなかった。誰一人として。
皆が皆、多少なりとも退屈な日々に辟易していたのだろう。
少なくとも、朔は退屈していた。平和すぎるほどに平和なこの世界に、心をかき乱すような彩りが欲しかった。
「でもさ、どうしてそんな寂れた商店街をえらんだわけ? 」
朔の言葉に、仲間たちが次々と声を上げる。
そんな場所じゃお客が来るわけがないよ。
どうせなら、もっと沢山の人に利用してもらいたいじゃないか。
遂には、嶺二君には商売は向いていない。そんな意見まで出始めた。
文机に寄りかかりながら、嶺二が沢山の引き出しに視線を向ける。
引き出しの中には、朔たちがすっぽりとおさまっている。一つの引き出しに一冊の本。引き出し一つ一つが、彼らの部屋というわけだ。
「僕は貸本屋でぼろ儲けしようと思っているわけじゃない。君たちが本来の役目を果たせる場所を作りたいだけだよ。この世界では君たち妖精は特殊な存在だ。変に悪目立ちするのはあまり好ましくない。寂れている商店街くらいが丁度良い。利用する人たちだって目立ちたくはないはずだしね」
嶺二の言うことは間違っていなかった。今では朔もそう思っている。
この貸本屋に訪れる人は癒しを求めている。
思うようにうまくいかない毎日に……。先の見えない真っ暗な未来に……。戸惑いや、寂しさや、遣る瀬無さを感じている。
妖精の役目は彼らが笑顔で前を向けるよう心を癒すこと。それだけだ。
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