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「明日は満月だね。フルムーンだ」
嶺二はそう呟くと囲炉裏端でお茶を啜った。彼の脇に無造作に置かれた本に腰掛けて、朔は小さく小首を傾げた。
嶺二は身長が高い。頭も良くてスポーツも万能だ。顔だってテレビに出てくる俳優やアイドルに引けを取らない。所謂、何でもそつなくこなしてしまうイケメンだ。
そんなイケメンがこんな寂れた商店街で貸本屋をはじめた。お客は滅多に来ない。彼がいつもしていることといえば、こうしてお茶を啜り、本を読むことだけだ。
確かに少々テンションが高いという欠点があるとしても、ガールフレンドの一人も作らずこうして美しい横顔でお茶を啜っているだけというのは勿体無い気がする。
「嶺二君もたまにはデートでもしたらいいのに」
朔の言葉に彼がふっと吹き出すように笑った。
「自分がデートに行くからって気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。僕は誰かと一緒に過ごすよりも、こうして一人で好きなことを好きなタイミングでするのが心地良いんだ。他人のペースに合わせられないというのは最大の欠点だよね。って、僕の話はいいんだよ。朔の本はちゃんと柚月ちゃんに渡しておくから心配いらないよ」
さぁ、寝る時間だよ。と言われて、朔はその場に立ち上がる。気を遣ったつもりはなかったのだけれど、本人にその気がないのならば仕方がない。何事も無理強いは良くない。自分の価値観を押し付けるのも同じだ。
「じゃあ、おやすみ。嶺二君も早く寝るんだよ」
嶺二の傍に倒れていた本がふわりと立ち上がり、意思を持った生き物のように頁がパラパラとめくれていく。柔らかな風が朔の前髪を揺らした。至極当たり前のように目の前に現れた重厚な扉を開き、すいと足を踏み出す。
「おやすみ、朔。良い夢を……」
「嶺二君もね」
重々しい音を立ててドアが閉まった。見上げた先には満月が輝いている。
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