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朔は気が気ではなかった。ドアに耳を押し当てて向こう側の様子を伺うけれど、本の頁が捲られる気配は少しもない。
嶺二君は本当に柚月ちゃんに本を渡してくれたのだろうか。
あの人はふざけているようで実はしっかりしている。けれど、根本的にはふざけた人なので、全てを信用しているとなかなかに痛い目を見る。
こうなったら自力で外に出るしかない。そんなことを考えながら、朔はドアノブをぐいと押し込んだ。不思議なことにドアは1ミリも動かなかった。
いつもであればこれくらいの力で開くというのに、一体全体何が起きているのか。
ドアが開かない。じゃあ、諦めましょう。そういう訳にはいかないのだ。今日は待ちに待った満月。今日を逃せば次の満月まで約30日。その間、柚月に会えないというのはあまりにもツライ。
せーのっ。という掛け声と共にありったけの力でドアを押す——と、バリバリと不可思議な音を立てながらドアが開いた。こんなことは初めてだ。
人間の掌サイズのドアをくぐり、外の世界へと足を踏み出す。ぐるりと辺りを見渡すと懐かしさが込み上げた。どうやら、無事に柚月の家に来ることは出来たらしい。
数日前——人生で初めてカレーを食べた。柚月の手作りだった。
そのファーストカレーを食べたダイニングテーブルの上に立ち、自分の部屋である本を見下ろす。この本は人間の世界と妖精の世界を繋ぐ役割も果たしている。故に、中身は白紙だ。真ん中の頁にドアが隠されているとはいえ、見た目はただのハードカバーの本だ。少しばかり古ぼけて入るけれど、本棚に並んでいれば何の違和感もない。
どういう訳か、嶺二はこの本を包装紙で丁寧に包んで柚月に渡したらしい。一体なんの為に? その理由は分からないけれど、彼は根っからの悪戯好きだ。柚月が包装紙を開けなければ、朔が出てこられないように細工をしたのだろう。もしかしたら、中身がこの本だということも伝えていないのかもしれない。
兎に角、ドアが開かなかった理由は理解できた。本の下敷きになっているビリビリに破れた包装紙を回収する。ゴミはゴミ箱へ。柚月の教えだ。
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