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ダイニングテーブルの上から丸めた包装紙をゴミ箱の中へと落とした時——バスルームのドアが開く音がした。
柚月は長い髪をバスタオルで拭きながら冷蔵庫へと直行する。いつもの缶酎ハイを取り出し、ぐいと喉に流し込むと、ふぅと息を吐いた。朔の存在にはまだ気づいていないようだ。
彼女の行動パターンから、次はソファにもたれてテレビ鑑賞だろう。そう思った朔の予想を裏切るように、柚月はバルコニーのドアを開いた。するりと吹き込んだ夜の風がパラパラと本の頁を踊らせる。
「朔。今日は満月だね」
バルコニーの柵の上で両腕を重ね、その上に顎を乗せた柚月が小さく呟いた。夜風に乗ってふわりと耳に届いたその声に、朔はゆったりと口角を上げる。
——聞き逃せるわけがない。
ダイニングテーブルからひょいと飛び降りた朔の身体は、両足が床に着く頃には人間界仕様のサイズになった。この姿ならば、柚月を抱きしめることができる。妖精界の仕様ではそうはいかない。せいぜい片手に乗ることが精一杯だ。
足音を立てないように慎重に柚月との距離を詰める。気づかれたからといって何も問題はないのだけれど、せっかくならばサプライズな演出をしてみたかった。
綺麗だね。そう呟いた柚月を後ろからそっと抱きしめる。
「綺麗だね。でも、柚月ちゃんも負けないくらい綺麗だよ」
びくりと肩を跳ね上げた柚月は、朔の予想に反して何も言葉を紡がない。それどころか、こちらに振り向こうともしないのだ。予想外の展開に頭の中が混乱する。
「柚月ちゃん? 」
口から零れ落ちた言葉は、予定していた声音よりも遥かに頼りないものだった。
もしかしたら不意に強く吹いた風に、あっけなくかき消されてしまったかもしれない。その証拠に、柚月は今だに少しのアクションも起こさない。
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