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——満月がこちらを見ている。
抱きしめる腕の力を強くした。少しだけ。
壊してしまう訳にはいかない。朔は彼女の心を守る為に存在しているのだから……。
「柚月ちゃん。怒ってるの? 」
あたたかな体温を感じながら、彼女が怒っていたとしてもなんら不思議はないことに気が付いた。
彼女が眠っている間に姿を消したのは、名残惜しくなった。その言葉に尽きる。
心に栄養を与え、また美しく咲くことができるよう傍に寄り添う。それが妖精である朔の役目。
それ以上でもそれ以下でもいけない。
柚月と過ごしたのはほんの数時間だった。けれど、彼女を愛してしまうには充分すぎる長さだった。
あまりにも痛々しいその傷を癒しながら、今までには感じたことのない不思議な感覚に包まれていた。
癒しているのはどちらなのか——分からなくなっていた。
「怒ってないよ」
彼女を抱きしめていたお陰で、その小さな呟きを聞き逃さずに済んだ。
「じゃあ、こっち向いてよ。僕、柚月ちゃんの顔が見たい」
彼女の笑顔はとても可愛らしい。バラのように派手なわけでも、匂い立つように色気があるわけでもない。むしろ、それらの美しさを引き立たせる為に添えられる素朴で可憐な小花のようだ。
控えめで柔らかなその笑顔に無性に惹かれた。そのことに明確な理由を見出すなんてできはしないだろう。
「私は……朔の顔を見たくない」
「どうして? 」
「どうしてって……朔はずっと私の側にいてくれるわけじゃないもの。また、いなくなるんでしょう? そんなの……寂しいだけだよ」
彼女が言うことには一理ある。柚月に会えなくなって寂しいと思っていたのは朔も同じだからだ。
数時間後にはまた離れ離れ。その瞬間を思うと苦しいほどに胸が痛くなる。
満月の周期があと少し——できれば半分の日数くらいならば良かったのに。そんなことを考える。
けれど、月の満ち欠けを操るなど不可能だ。
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