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「妖精の世界はいつも満月なんだ」
「え? 」
こちらを振り返る素振りを見せた柚月が慌てて視線を満月に向ける。
頑ななその態度に頬を緩めながら、朔は話を続ける。
「どういう理由なのかは分からないけれど、兎に角いつも満月なんだ。そして、人間界が満月の夜——妖精界と人間界が繋がるんだ」
普段は、特殊な機能——つまりは、本の中に隠されているドアでしか彼方と此方の行き来ができないことになっている。
けれど、満月の夜だけは特別だ。
「人間は自分の住む世界が妖精の世界と繋がっていることを知らない。だから、そんなことを願う人はいないだろうけど……願えば行けるんだ。妖精の世界へ」
「願え、ば? 」
「そう。満月の夜だけは、アクションを起こせるのは僕からだけじゃない。柚月ちゃんが僕に会いたいって強く願ってくれれば、こうして会うことができるんだ」
「そのことを伝えに来てくれたの? 」
「そうだよ? 僕だって柚月ちゃんに会えなくて寂しかった。また離れ離れになるのだって寂しくて寂しくて心が壊れそうだよ。だけど、僕たちはいつだって繋がってる。柚月ちゃんは一人じゃないよ」
顔を見せて。可愛くおねだりすると柚月が諦めたようにこちらを向いた。彼女は困ったような表情を浮かべているけれど、どこか嬉しそうに微笑んでいるようにも見える。
「朔はずるい。どうして私の心を乱すの? 朔のお陰で毎日頑張ろうって思えるようになった。人生もそんなに悪いことばっかりじゃないって思えるようになった。だけど……一人で食べる食事が味気なくなった。一人で過ごす夜が寂しくなった。何かある度に朔のことを思い出すようになった。あの日、朔に出逢うまで私の生活は平和だったの。朔がそれを壊したんだよ。責任取って」
彼女は真っ直ぐに見つめてくる。夜空を模したような深い深いその瞳の中に、自分の顔だけが映っている。彼女の全てを手に入れたようで、朔の頬が否応なしに緩んでしまう。
「分かった。責任は取るよ。だけど、柚月ちゃんの心だけは解放してあげられないな」
肩をぐいと抱き寄せてから膝の後ろに腕を添えると、柚月が驚きの声を上げた。
「え? 朔? 」
「行くよ柚月ちゃん。ちゃんと掴まっててね」
所謂お姫様抱っこの状態で柚月を抱え、ひょいとバルコニーの柵に飛び乗る。頬を滑る夜風が気持ち良い。
朔にしがみついている柚月は、あまりの恐怖に言葉を失っている。それもそのはず。彼女の住む部屋はマンションの6階だ。バルコニーから身を乗り出せば、くらりと地上に吸い込まれてしまいそうな重力を感じる。それが、今では朔に抱えられたまま、夜風を全身に浴びている。恐ろしくて当たり前だ。
「ねぇ、怖いよ」
「これからもっと怖いことするよ? 」
「え? 」
「飛ぶんだ。ここから」
柚月のまん丸な目を見つめ、朔はいたずらっ子のように片目を瞑った。
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