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五月の風に吹かれて
細くすぼめた唇の先で、最後のひとひらが飛んだ。五月の乾いた風にちょっとだけ運ばれた花びらは、シロツメクサの絨毯に立つ綿毛のタンポポの上にポトリと落ちた。
さて、と美玖は小さく呟きながら立ち上がり、ブラウン色をしたオーバル型のセルフレームの眼鏡のつるを持ち、両の指先でちょっと押し上げた。
それから体をよじるように肩口に首を傾げ、カーキ色のチノパンのお尻をパタパタと叩いて眼鏡の隙間から何か言いたげな横目で僕を見た。
なに? と僕は眉を上げて目で訊いたけど、返事はなかった。
組み合わせた両手を頭上に上げて、ふわわとあくびをすると、くしゅりと閉じた目尻に涙をためて、グリコの人みたいな恰好で、いい天気ね、と頬を緩めた。
結果を訊くべきかどうか一瞬迷ったけれど、返ってくる答えは美玖の心次第だし、彼女が納得すればそれでいいと、僕はうん、とだけ答えて微笑みを返した。
蝶々が止まったかと思えばすぐに舞った。僕はそれを目で追った。小さな蝶の飛行は危なっかしいほどにぎこちなく忙しない。
体を中心に羽が動いているのではなく、羽の動きに体が翻弄されているようにも見える。人間ならたぶん、車酔いみたいになるに違いない。
「涼ちゃんは訊かないと思った」
予言を的中させた祭司のように重々しく頷いた彼女は、両手を後ろに組んで僕に背を向け、スケート選手みたいな足取りで体を左右に揺らして歩き始めた。肩を撫でる彼女のまっすぐな髪も、一拍遅れた4分の3拍子で揺れた。
「何を?」僕も彼女の真似をしてみた。
ズンタッタ、ズンタッタ。
僕の足取りは少しだけ、リズムを外していた。
「花占いの結ッ果」
右足を踏み出したままくるりとターンして、これ以上はないというぐらい酸っぱい顔で、「つまんない」と鼻の頭にしわを寄せた。
「それは失礼しました。で、どうだったの」
「嫌い」
「マジ?」
「マジす」
休日にで出かけた葛西臨海公園を吹き抜けた風は、汗ばんだ肌に心地よかった。この公園は東京の江戸川区の南に位置し、旧江戸川をまたぐ舞浜大橋を渡れば東京ディズニーランドにたどり着く。
「冗談すよね」
「うふ」彼女はちょっと肩をすぼめた。「ほんの冗談す」
「それは、ようございました。ちぎられたマーガレット様も、さぞやお喜びで」
「ぬしゃ、江戸の商人か」
「越後屋にございます」
現金掛け値なしか、と頷きふたたび背を向けた。
「え? 何それ」
僕の質問にはちっとも取り合わず、彼女はズンタッタ、ズンタッタと歩き始めた。
少し外れたリズムで僕もそれに続いた。はたから見ると、かなり変わった男女だろう。
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