「吸い殻…」

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収集車で同乗するSさんは荒っぽい収集作業員の中で非常に性格が良く、慕われている。編成替えで同じ班になった友人は素直に喜んだと言う。実際、細かい所に目が利き、 新人である友人のミスにも温厚な態度で接してくれている。嫌々就いた仕事ながら、友人はようやくやりがいのようなモノを見出していたと言う。 しかし、そのSさんにも妙な癖があった。それは運転席に煙草の吸い殻をタップリ詰めた空き缶を置いておく事だ。最初は生ゴミの強い匂いを消す消臭効果のあるモノだと思ったと言う。しかし、数週間もすればゴミの匂いなど慣れるし、Sさん自身からも煙草の空き缶に対する説明はない。別にこっちに気を遣ってくれていると言う訳でもなさそうである。 そもそもSさんは煙草を吸わないのだ。疑問は深まるばかりだった。やがて、友人も仕事に慣れ、車の運行前点検などの事前準備や整備を任されるようになってきた。 ある日の事、友人は点検の折に気を利かせたつもりで、その空き缶を捨てた。準備がしっかり出来ているようにアピールしたかった事もあったが、これを捨てた時のSさんの反応も見たかったと彼は話す。 仕事を始める際にSさんは車内に空き缶が無い事を少し気にした様子だったが、友人を怒る事もなく、そのまま車を発進させた。前半の作業は問題なく進み、後は山道に続くゴミステーションを数か所収集する所で“それ”は起きた。 いつもは慣れた道…なのに、一向にステーションに到着しない。道は同じ筈だ。しかし、 目的地に到着しない。文字通りの混乱が友人を襲った。 慌てる友人の隣で、Sさんはゆっくりと胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けた後、窓から煙を流していく。すると、先程までとは打って変わり、見慣れた景色が見え、そのまま 最初のステーションに到着する事が出来た。 呆気にとられる友人の顔を読み取ったかのようにSさんは少し煙草を燻らせながら、こう言った。 「まぁ…動物は煙草の匂いが嫌いだからね。」…(終)
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