第一章

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第一章

 朝、暴力的なまでに強烈な日差しに目を覚まされるたびに、カーテンの不在を思う。  僕にあてがわれた四五一号船室の窓は今は東を向いており、夜の終わりを迎えるとそれはそれは美しい日の出を拝むことができる。鮮やかなグラデーションに彩られた空も、ゆっくりと水平線から顔を出す真っ赤な太陽も、ため息が出るような眺めではあったけれど、三日もすれば飽きてしまった。僕が求めているのは詩情溢れる景色ではなく、起床時間ギリギリまで安眠できる環境なのだ。  本当はこの部屋にも、カーテンくらいはもちろんあった。けれど先日、コーヒーを盛大にぶちまけてしまい、やむなく取り外してしまったのだ。それもこれも、船体を大きく揺らす波のせいである。  そろそろクリーニングが済む頃だけど、もう一度かけ直す手間を考えると、ひどく億劫だ。  僕、木佐元(きさもと)嶺士(れいし)は衣食住にあまり頓着しない。部屋なんて最低限の安寧さえ保証してくれればどこでもいいと思ってるし、服も食べ物もあまりこだわらない方だ。だがそんな僕の生活に対する姿勢を、周囲の人間はよく単なる無精とみなした。両親はしょっちゅう言っていた。曰く、部屋をもっと整理しろ。曰く、ちゃんと栄養のあるものを食べろ。  両親。  両親のことを考えると、僕の胸は杭でも打ち込まれたようにずきりと痛んだ。では煩わしいとしか思えなかった小言さえ、今は懐かしく思い起こされた。  あの港での夜からどれだけの日数が経過しただろう。両親は今頃どうしているだろう──またぞろ込み上げてきたそんな疑問をはぐらかすように、僕はわざと気楽な調子で独り言を言う。 「ま、よくよく考えたら別にいっか。カーテンなんかなくたって」  そうだ、カーテンなんかなくたって死にゃしない。日の出と共に起床するなんて実に健康的だし、だいいち誰に覗かれる心配もないのだ。なにしろここは学園丸の寮区画四階で、外は見渡す限りの海。中でこっそりタバコをふかそうがエッチな本にうつつを抜かそうが、見てるのはお天道様だけだ‪──‬タバコやエロ本がこの世界のどこで手に入るのか、てんで見当もつかないけど。 ‪ 心の中でこんな戯言を並べ立てていると、いくらか気分はマシになった。僕はベッド脇のサイドテーブルからタオルを取り、朝シャンをするべく部屋を出た。
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