第一章

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 第三(セント)ノア学園丸。  一見すると単なる貨客船にしか見えないこの船は、実は魔法使いや魔女の養成所である。  船がそのまま学校として用いられているだけでも大変なカルチャーショックなのに、そこへもってきてのこの大がかりなファンタジーである。実際に魔法が使われている場面を初めて目撃した日は、僕はなかなか己の目を信じることができず、しばらく船室で寝込んだものだった‪──‬断じて船酔いのせいなどでは、ない。ないといったらないのである。  ようやく現実を受け入れるだけの心の準備が整った頃、僕は寮長と名乗る生徒に無理やり寝床から引っ張り出された。そしてそのまま、なし崩し的に新しい学園生活がスタートしたのである。  ここでの一日の流れは、おおむね以前の世界と同じである(時計の読み方が向こうと共通なのは幸いだった。もしも一時間が九〇分だったり一日が四八時間だったりしたら、僕はたちまち参ってしまっただろう)。  六時半が全体の起床時間。七時から八時にかけてが朝食ならびに全校ミーティングの時間であり、最初の授業は九時に開始される。授業は学科と実技の二種類に大別され、午前中は主に座学の講義、昼休みを挟んで午後に実技指導が執り行われる。最後の授業が終わるのは午後三時半で、その後は夕食と夜の全校ミーティングを除けば、十時の消灯まで自由時間となる。  自由時間の使い方は、皆極めてストイックだ。部活動に励む者もいれば、陸の本山学校に進学するべく自習に専念する者もいる。最低限の宿題やテスト勉強だけこなして、あとは気の赴くままにぶらぶらと過ごしているような奴は、どうやら僕だけのようだった。  魔法魔術の養成所とはいえ、ただ日がな一日怪しげな呪文を唱えていればよいというものではない。学ばなければならない内容は実に多岐にわたる。言語や数術、化学といった日本の高校でもおなじみの科目に近い内容もあれば、魔法理論や魔術史といったいかにもな内容も含まれている。難物は午後の実技指導である。ここには僕の苦手とする科目の全てが詰まっているのだ‪。たとえば体育、音楽や美術といった芸術科目、それに魔法実践演習。  最初は楽しそうに思えたこの魔法実践演習だが、僕はわずか三回の授業で匙を投げてしまった。体内のマナを意識しろだの己を取り巻く自然のエネルギーを友とせよだのと言われても、はっきり言ってなんのことやらちっともわからない。紆余曲折あった末に、僕はその授業では最下層のグループ(ノア学園は日本の学校でおなじみの年齢別学年制を採用せず、発達の度合いによって生徒を三つの集団に振り分けるのだ)たる「魔法魔術基礎クラス」に放り込まれた。そして他の生徒たちが手からシャボン玉を生成したり道具を使わずにものを浮かせているのを横目に、ひたすら基礎トレーニングばかりをさせられるハメになった。演習の会場たる船倉の片隅で黙々とストレッチやジョグをさせられるのは、はっきり言って心身共に相当に辛いものがあった。  自分がいったいなぜこんなところに編入させられたのか、僕は皆目見当もつかない。陸の上で無理やりやらされたあの検査‪──‬簡単な言葉の書き写しから、超能力教室まがいのカード透視まで──‬に重大な欠陥があるとしか思えないのだが、陸の職員たちも我らがデューイ校長も、そうは判断しなかった。「この子には類い稀なる魔力が備わっている」というのが、大人たちの共通の見解だった。  かくして僕は、特待生としてこの船上にいる。他に行くアテなどどこにもないので、衣食住が保障されている環境に身を置けるだけでも感謝するべきなのだろう。が──‬四方を海に囲われた寮生活というやつは、時々どうしようもない閉塞感をもたらすものである。
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