第一章

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 先生方による個別の事情聴取、そして我々二人(僕は授業を無断欠席した罪で。そしてユーリは、事情はどうあれ男湯に闖入した罪で)に課された反省文の罰が済んだ時には、夕食の時間も全体ミーティングもとうに終わっていた。  誰かが用意しておいてくれた冷めたシチューと丸パンで夕飯を済ませ、二人並んで生徒指導室を出る。ちなみに僕らが通された指導室には、食事のトレイが三つ置いてあった。すでに空になっていたトレイは、おそらくトーマの分だろう。彼は事情聴取組では唯一、無罪放免を勝ち取ったのだ。経緯を思えば当然と言うべきか、もしくは幸いにもと言うべきか。 「トーマのやつに一言詫びるべきかな」僕はできる限り気楽に聞こえる口調で言った。「あいつ、授業もミーティングも無遅刻無欠席だったのを誇りにしていたから」  ユーリにはそれには答えなかった。だから僕も、それ以上は無駄口を叩かなかった。  彼女に先導されるような格好で、ノア学園丸ご自慢の展示室へと入る。どちらかといえば改装した通路といった趣のその空間は、僕が通っていた谷保高校の生物研究室にそっくりだった。さまざまな奇々怪々な生物の剥製標本が、細々とした賞状やトロフィーなんかと一緒に、ショーケースに飾られている。大きく垂れた耳に皮膜のついた、ウサギとムササビを掛け合わせたような動物。ホルマリン漬けにされた炸果(さくか)キノコ。ミズネコとかいう、身体を自在に液状化できる猫。下半身が半ば溶けかかったまま固定されたミズネコの風体は、どう見ても出来損ないの蝋人形か、はたまた独りよがりの現代アートといったところだ。  授業時間外にもかかわらずこんなところに連れてこられたからには、何か話があるのだろう。  魑魅魍魎の標本を見るともなしに眺めながら待っていると、果たしてユーリは口を開いた。 「あなたには、ちゃんと謝っておくべきでしょうね。ろくに経緯を確かめもしないで、ずぶ濡れにしてしまった。ごめんなさい」 「いやぁ、僕は気にしてないよ。君の火の魔法のおかげで、すぐに乾いたしさ。それより、むしろトーマに何か言ってやった方がいいんじゃないかな。さっきも言ったけど、あいつ、無遅刻無欠席を誇りにしていたから」 「あの人の記録なんて、はっきり言ってどうでもいいのよ」 「おいおい、そんな言い方ってあんまりにも‪──」 「トーマ自身がそう言っていたの。レイが心を開いてくれるなら、なんだって差し出してやるって」彼女はきっぱりと言った。真っ直ぐに僕の目を見て、こう続ける。「そしてそれは、私の願いでもあるの。ねぇ、どんな小さなことでもいいから、話してみてほしいんだけど。何があなたをそこまで頑なにしているのか。何があなたの望みで、私たちはどうすればあなたの苦しみを和らげることができるのか」  まるで見えない手で、心の深いところを撫ぜられたような感じがした。ユーリとの付き合いは、もうそれなりになる。だけど、こんな突っ込んだ質問をされたのは、今夜が初めてだった。 「あなたは自分じゃ気づいていないみたいだけど、時々とても遠くを見る目つきになる。そして、そうした目つきになった後は、きまってひどく悲しそうに俯くのよ。あなたのそんな表情を見かけるたびに、私は心配で胸が張り裂けそうになるの。いつかあなたが強い衝動に駆られて、何かとんでもないことをしてしまうんじゃないかって。そして永久に、私たちの手が届かないところに行ってしまうんじゃないかって」  ずいぶん長いこと、僕は身じろぎもできなかった。どこか遠くで、誰かが悲鳴じみた笑い声を上げていた。おそらくはボードゲームにでも興じているのだろう。  一瞬、この親切な女子に、いっそ洗いざらい告白した方がいいんじゃないかと考えた。すべてを打ち明ける。確かにその考えは、想像するだに甘美なものだった‪──ああ、ユーリ。聞いてくれ。僕は本当は、ここじゃない別の世界の人間なんだ。どういうわけだかこの異世界に迷い込んでしまって、そして元の世界に帰りあぐねて困っている。ねぇ、どうすればいいと思う? どうすれば元いた世界に帰れるかなぁ? このままじゃ僕、ホームシックで気が狂ってしまうよ。  かぶりを振る。正気の沙汰じゃない。 「僕は‪──」ややあって、ようやくそれだけを口にする。口内がカラカラに乾き切っていた。「‪──君は思い違いをしているよ。僕は別に苦しんでなんかないさ。そりゃあ僕だって思春期だから、多少は悩んだりもするけどね。将来のこととか、恋のこととか……」  ユーリの顔から、すっと表情が抜け落ちた。 「……そう」ひどく疲れた声だった。「わかった。もう何も訊かない。引き留めてごめんね」  それだけ言い残して、彼女はくるりと背を向けた。展示室から出て行きしなに、ぽつんともう一言だけ言い残していく。 「行動計画表、必ず提出してね。あなたがちゃんと提出したか、明日先生に確かめるから」
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