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手紙③
そんな時だった。
彼が目の前に現れたのは。
私は彼を見て、すぐに理解した。
彼はアブサン。
ツヨンの幻覚。
緑の髪と瞳を持つ。
愛する君と瓜二つの
緑の妖精だと。
私は彼に縋った。
抱いてくれ。
阿武男くんがやるように。
女にやるように。
愛してくれ。
と。
願った。
彼は。
アブサンは応じた。
当然だ。
何故なら彼は。
私の妄想の産物なのだから。
君ではないのだから。
アブサンは。
阿武男くんがやるように。
女にやるように。
私を。
抱いてくれた。
愛してくれた。
行き場のない私の愛を。
歪んだ私の愛を。
彼は受け入れてくれた。
アブサンとの生活は幸せだった。
美味い酒を飲んで。
愛する人と瓜二つの男に抱かれて。
陶酔の中で。
眠る。
夢のような日々だった。
最高の時間だった。
「アブサンドリップ」。
アブサンスプーンに。
隙間の空いた葉形のスプーンに角砂糖を乗せ。
水を垂らして。
砂糖が沁みた水滴で。
エメラルドグリーンのアブサンを白く濁らせて。
飲む。
私はその飲み方が一番好きだった。
角砂糖に火をつけるやり方もあるらしいが。
私はやらなかったし。
やりたくもなかった。
私に。
君以外の誰かを愛する選択肢がなかったように。
私は。
幸せだった。
この上なく幸せだった。
酒で心を誤魔化しても。
偽りの愛で体を紛らわせても。
君に愛されなくても。
現実は不幸のどん底でも。
ああ。
阿武男くん。
心身共に強い君は。
きっと私を愚かだと言うのだろうね。
酒に溺れて。
幻に逃げる。
弱い男だと。
情けない男だと。
君に愛されなくていいと言いながら。
未練がましく君に手紙を送り付ける。
女々しい男だと。
それで構わない。
事実だ。
阿武男くん。
君がこの手紙を読んでいるということは。
私はもうこの世にいないのだろう。
何故ならアブサンが。
緑の妖精が。
今にも。
私を殺そうとしているからね。
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