14人が本棚に入れています
本棚に追加
道場へ向かう惣平の後ろを、恭二郎も仕方ないといった風情でついてきた。いちいち人の感情を逆撫でするやつだ。惣平は怒りの余り、全身が煮えるようになっている。頭どころか足先からさえ湯気が出そうだ。
なぜか師匠はこれまで二人を勝負させようとはしなかった。同じ年で、体格、実力も近しい二人は、練習相手にはもってこいだと思われるのだが、試合はおろか練習ですら立ち会ったことはない。そのことが余計に惣平をいらつかせていた。
この際だ、どっちが上かはっきりさせてやる。惣平はそう思った。
二人が道場へ向かっているかと、ばたばたと廊下を誰かがやってきた。
「ちょっと! 惣平、あんた、そんな血相変えて、どこいくつもり!?」
面倒な奴に見つかった、と惣平は思った。
師匠の娘の楓だ。大声を出したので聞きつけてきたのか。
「うるさい。見なかったことにして去れ」
「なっ……!」
楓は憤慨した様子で身じろぐ。
なにか言いたそうにその口を動かしたが、惣平の剣幕にそれ以上は言葉を継げず、その場で二人が通り過ぎるのをただ見ていた。
二人が渡り廊下へ消えると、楓はまたばたばたと音を立てて、もといた方向へと走って行った。
恭二郎は振り返って楓の様子を気にしている。
「師匠を呼びに行ったかも知れねえ。急ぐぞ」
恭二郎の背に向けて惣平が言った。
くるりと返すと二人は早足で道場へ進んだ。
「防具は?」恭二郎が聞く。
「必要ねえ」惣平が答える。
恭二郎は無言でうなずくと、惣平に続いて道場へ入った。
最初のコメントを投稿しよう!