初めての夜

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「あぁ、それなー」 バツが悪そうに後ろ頭を掻きながら藤木が私から顔を背ける。 もうハッキリ言って欲しい。 付き合うことにしたんだ、あんな可愛い子から告白されて断るなんて男じゃないだろ。 そう言って、おめでとうと言わせて終わらせて欲しい。 きっと、満面の笑顔で言えるから。 「誰にも言うなよ」 藤木が周りを見渡してから顔を寄せた。 「断ったの」 「え?」 「…ああいったタイプは好きじゃなくて」 「贅沢もの…」 私の言葉に困ったような笑顔を返してくる。 「じゃあどういう人がタイプなのよ」 「タイプじゃなくて、好きになった人がタイプ」 何度も飲みに行ったのに、こういう話しはしたことがなかった。 聞きたいのに聞けなかった。 答えを聞いて凹みたくなかったから。 「森田は?どんなのがタイプ?」 冷えたビールを手酌し飲みながら藤木が聞く。 自分に自信があればあなたよと言えたのだろうか。 「……男らしい人」 「ざっくりしすぎ」 ははっと笑う藤木を何だか見ていられず視線を外した私を追うように藤木が身体を乗り出す。 「俺は?」 「…え?」 「男らしい人、の中には入ってる?」 ……どう答えればいいの。 どういう答えを望んでるの。 固まる私に藤木が先に口を開いた。 「この後二人で二次会しない?」 その誘う声がいつもと違う気がするのは私の願望があまりにも強いからなのだろうか。 気の合う同僚のままでいい。 可愛くない女。 そう言って離れられるくらいなら、今の関係でいい。 遠くに置かれたグラスを引き寄せビールを注ぐ。ぬるくなったビールは思いの外重く、喉に纏わり付くようにゆっくりと落ちていった。
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