2521人が本棚に入れています
本棚に追加
「口開けて」
藤木の舌が唇の合間を舐める。
「森田…下の名前で呼んでいい?」
「え?」
思わず聞き返し開けた口の中に舌が滑り込む。
目を閉じた藤木の傾けられた顔がぼやけて見える。
お互いの鼻を擦り付けるようにされ顔の向きが変えられる。
キスもセックスも好きじゃない。
キスは唾液が混ざり合わされるだけ。
セックスなんて痛いだけ。
付き合った人は二人。深い関係になった人は一人だけ。
身体も心も満たされるセックスなんて、することはないともう諦めていた。
なのに、自分から藤木を求めた。
今も口の中を遊ぶように動く藤木の舌を知らずに追っている。
知りたい。
今日、今夜だけでいい。
「今夜だけ、恋人にして…」
透明な糸が唇を繋ぐ。
藤木の舌と指がそれを拭った。
「今夜だけ?」
わがままなんて言わない。
会社でもこれまで通りに出来る。
これまでみたいに気付かれないようにそっと目で追うだけ。
だから、せめて今夜だけは、恋人のように触れて欲しい。
藤木の問いに小さく頷く。
藤木の手が頬に触れる。
「後悔させない。……芽依」
名前を呼ばれるのも今夜だけ。
だから、お願い……
「たくさん、たくさん呼んで、名前…」
「芽依……」
もう二度とないこの夜を忘れないように。
この夜の藤木は…私だけのものだから。
きっと、これまでしたことないほど素直になるから。
例え藤木が明日の朝には忘れてしまったとしてもーーーーーー
最初のコメントを投稿しよう!