初めての夜

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初めての夜

可愛がってくれていた先輩が寿退社。 何時もの飲み会で使われる居酒屋チェーンのお店がいつもより華やかなのは先輩に贈られるたくさんの花だけのせいではない。 愛する人に愛されて新しい未来へ。 転勤族の旦那様に付いていきたいと退職を選んだ先輩は少し寂しそうに、でも嬉しそうに笑った。 先輩を囲み退職を惜しむ声に申し訳なさそうに、でもはにかみながら酌を受ける先輩を遠くに見ながらビールの入ったグラスを傾けようとした時、グラスの飲み口が大きな手で塞がれた。 「もうその辺にしとけよ」 弱いくせに。 揶揄うような口調と共に手の中のグラスが奪われた。 奪われたグラスを奪い返し3分の1ほど残っていたビールを飲み干す。 「おい」 「お酒に弱い同僚のことなんか気にしてないで、自分もあそこでお祝いしてもらってきたら?」 「俺が?何のお祝いだよ」 「受け付けのお姫様から告白されて逆玉の輿。会社中その噂で持ち切りなの知ってるくせに」 半年前にコネを全面に押し出し新たに途中入社してきたいかにも箱入り娘の穢れも知らぬ輝くようなお姫様。 お姫様は会社の顔とも言える受け付け嬢にぴったりだ。 何でも社長の姪っ子だと伝え聞いたお姫様は遠目に見ても可愛かった。 マッチが何本も乗りそうな長い睫毛に、作られたようなアーモンドのような大きな目、ぽてっとした唇には艷やかなグロスが塗られ、漏れ聞こえる声まで鈴のよう。 テレビの中で見るようなお姫様が夢中な彼がいる。それを聞いたのは二ヶ月ほど前だったか。 それがまさかこの藤木だったとは。 同期入社して同じ部署に配属され、毎日のように話し、愚痴を言い合う会と称する夕飯に行く仲になるまでさほどかからなかった。 覚えることしかない新入社員、自分の時間の捻出すらままならない中、大学からの彼女に振られたと聞き、朝まで慰めたこともあった。 付かず離れずの友人。 それでいいと思っていた。 だって、私は甘えられない可愛くない女。 下ネタ?全然平気。 人の手を借りなくてもたいていのことはできるし。 重たいもの?台車があるじゃない。 手が届かない?踏み台があるじゃない。 便利な世の中、多くの人が働く会社。痒い所に手が届くように足りないものなんてない。 甘える女が可愛いのはわかる。 私だって甘えるのが似合う可愛い女になりたかった。 それを今更痛いほどに思い知るなんて。 それを知ると同時に失恋するなんて。
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