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168粒目:音の記憶
職場は遠く離れた神奈川で、毎日往復2時間をかけて出退勤。生徒たちの遠足の場所が箱根と聞いたり、小田急線では途中、ドラえもんをあしらった登戸駅を通過したり、いつかの旅の思い出が、段々と日常に染まりつつあります。
(ううー、疲れたなあ……)
帰りの電車では、シートの端っこに逃げるように座って目を瞑る毎日でした。
早出したある日、その分早く上がれて、夕方の電車に乗り込んだ時のこと。いつものようにうとうとしていると、途中の駅で停車し扉が開く音に、ふと私は反応しました。
ピンポーン。
高い音が、僅かに重なりそこねて、小さな和音を響かせる。
(あれ……なんだっけ、この音。どっかで……)
目的の駅につくまでの間に何度も聞いてはもやもやし、眠れずにいると、数回目ではたと思い出しました。
(分かった! 松江に行く時、いつも泊まるホテルのエレベーターの音だ!)
と、次の瞬間、パンプスを履く足は、足袋の間で滑る畳の感触を思い出していました。温泉に向かうまでの間、ほのかに流れていた和風なBGMが、車内の騒がしさを物ともせず、この耳に反響し始めます。
電灯に照らされた松江大橋が、闇夜に浮かんでいるのが、瞼の裏に鮮明に蘇りました。
(うわぁ……松江行きてえなあ……)
旅行で味わう非現実感は、その日だけにあるものではない。こうした日常の僅かなきっかけに呼び起こされて、なんとも言えぬ幸せを感じさせてくれるんだ。
あんな冒険をしなければ、このことに一生気が付かなかったのだと思うと、私は本当に運のいい人間だ、と思うのでした。
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