路線隊の物語─微睡みの罪

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「やべえっすよ⋯⋯やべえよまじでやばいわ」 普段は絶対に出ないであろう口調が聞こえてきたので、部屋を覗く。 「玉川、何があったんだ」 「やらかした⋯⋯」 すごい顔をしている。なんと言うか、線路が溶けたみたいな顔をしている。いや、こいつもう線路なかった。 「東横、出かけるわよ」 「出かけるって言われても私ただの客」 「京王ちゃんが大変なことになった⋯⋯かもしれないの!」 「何だって!?ちょ、詳しく聞かせろ」 玉川は超手短に説明した。 要点だけ言うと、うたた寝していたら京王を幼児化させた気がするらしい。 「うたた寝だから結構強い力送った気がする⋯⋯記憶もどこまで残ってるか⋯⋯」 大丈夫なのだろうか、幼児化によって何かマズイことが起こったり。 「とにかく、京王ちゃんの様子を確認しないと!高尾ちゃんから連絡が来ていないということは、多分一緒にいないのよ。出かけていたのか、それとも高尾ちゃんがお出かけしているのか」 あいつならすぐにでも気づきそうだが、もし京王の身に何かあったら⋯⋯いや、既にあるのだが、それ以上のことがあれば⋯⋯玉川の未来はお察しだ。 「私は小田原ちゃんのところに行くわ。京王ちゃんち行ってきてくれる?」 「わかった」 やれやれ、何だか面倒事に巻き込まれたな。声をかけたのは私だが。 そのまま下高井戸に行き、玉川と別れる。 運良く快速が来た。ここからが1番快速する区間であるし、調布で乗り換えれば、そう遠い場所ではない。 聖蹟桜ヶ丘で降りる。 家の場所は覚えている。 駅からも本社からも近いので、便利だと思う。 さて、問題は家にいるかどうか。 もしいなかったなら、そこからが大変だ。 私は幼少期の京王を知らないし、見つけられるか危うい。 ちっちゃくて可愛いと言われてもんなもん知るか。 と、思っていた。 「にゃあん」 どこかで見覚えのある瞳の色の猫。 お高くとまっている様子も既視感がある。 こっちに来いと言わんばかりに見てくるので、従ってやる。 「にゃお」 曲がり道で泊まると、何かを示すように鳴いた。 さらに後を追うと、その道の先には白い頭巾を被り顔を隠した少女がいた。 珍しい格好だ。来ているものはまるで絵画にでも出てきそうなアンティークなもので、若干人目を引いている。 人通りが多くないのが幸いだ。 少し見ていると、何やら様子がおかしい。 壁に手をついて、俯きながら歩いている。 「にゃあ!」 謎の猫は、訴えるように強くひと鳴きする。 考える前に、追いかけた。 「おい、お前」 声をかけると、少女は、びっくりして逃げ出そうとして⋯⋯転んだ。いや、倒れた? 「お、おい、しっかりしろ」 呼びかけるが、返事は弱々しい。 体に上手く力が入っていないようだった。 「具合が悪いのか?」 小さな体を抱き上げる。 意外と少ない力で持ち上がったが、子供はこんなに軽いものなのか。 周りを見回すと、先程の猫の姿はなかった。何だったのだろうか⋯⋯。 いや、それより。こいつをどこかで休ませよう。 道すがら自販機で水を買い、こいつの家へ向かう。 高尾がいればいいのだが⋯⋯ 「⋯⋯いないか」 残念ながら、留守のようだ。 それもそうだ、もし家にいるならこいつを外に出したりしないはず。 いつもの謎センサーで飛び帰ってきてもらえないだろうか。 そんな不確実なことを期待していても仕方が無いので、少し倫理的には問題があるが、生垣の隙間をくぐり抜けて庭に入る。 ⋯⋯何故その手段を知っているかについては黙秘する。 「窓は⋯⋯空いてないか」 お茶会でも出来そうな屋根の下で待つしかない。 ベンチに寝かせ、頭巾を外し、水を飲ませる。 慣れない作業だったが、慎重にやればなんとかなった。 頭巾で隠れて見えなかったが、顔色が悪いような気がする。血の気がないというか。 「大丈夫か」 「は、い⋯⋯ごめんなさい」 力なく発せられる声。あの時代にさえ聞いたことがないようなか細さだった。 「いつも、助けられてばっかり」 「!!」 目に溜めた涙は今にも溢れ出しそうだ。 「あー、えと、えー」 どうしよう、そんなあどけなく幼い姿で泣かれるとこっちまで悲しくなってくる。 「その、あれだ。元気になったら、いっぱい恩返しすればいい。それでおあいこみたいな⋯⋯」 私は何を言っているんだろうか。 「あ」 ハッと気づく。確認しておいた方がいいことがある。 「なあ京王。知っている人の名前を挙げてくれ」 「どうして私の名前を⋯⋯」 「あ、それはだな、あっはっは、あれだよあれ、私は玉川の友人なんだ」 玉川は生まれた時からいたというし、多分これで大丈夫だろう。多分、嘘ついてないし。 「玉川さんの⋯⋯」 「そうだ。辛くないよう、ゆっくりでいい。教えてくれないか?」 「⋯⋯わかりました、知っている方は⋯⋯玉川さんと、社長さん⋯⋯、井上さん、それと、多摩⋯⋯くらいです」 つまりまだ小田原が生まれていなくて。そうだ、天現寺もまだか。 あまり細かい年は覚えてないが、相当昔に戻っているようだ。 「私、気がついたら知らない場所にいて⋯⋯見慣れないものばかりで、怖くて⋯⋯知っている人が、誰も見当たらなかったんです」 100年ほど前から現代にタイムスリップしたようなものだから、その感想も最もだろう。 「でも、よかった。玉川さんのご友人に⋯⋯あなたに会えて」 現代のこいつを知っている身としてはとても微妙な気持ちになる。こいつが京王じゃなきゃ素直に喜べたのに。 あーあーこの純粋で素直な子が私に出会う頃にはツンケンして可愛げのないやつになってんのか。時間って残酷。無慈悲。 感傷であってそうでないものにひたっていると、声がした。 「姉様ー!」 この声は⋯⋯。 門が開く音がした。 「京王、少し待っててな」 「はい⋯⋯」 玄関の方へ向かう。 するとまず、相模原の姿が目に入った。 「あ、あれ、東横さん」 「はぁっ!?」 にょきっと生えてきたのは小田原。目を合わせないでおいた。 「玉川さんからお聞きしたのですが⋯⋯」 「京王なら回収しといた」 「あんたが?」 「そんな目で見るな何もしてないよ」 いつもに増して視線から溢れる攻撃性が強い気がする。 「で、さっき記憶確認してみたけど、消えてた」 「ほあっ!」 「あーお前のことは覚えてるぞ」 「あ、よかった」 「天現寺を覚えてないから、その先も全部消えてるだろうな」 「だとすれば、高尾が帰ってこないうちに何とかしないといけないわね」 「高尾泣いちゃいます」 「高尾が⋯⋯泣く?」 「この前、何も言わずに出かけただけで泣いて電話かけてきたわよ。本当びっくりしたんだから」 「ええ⋯⋯」 意外な一面を知った。 「それで、姉様の体調はどうですか?目眩と頭痛以外に何かありますか?」 「え?あ、いや。ただ、すごくぐったりしてる」 あれ、私、体調が悪いなんて言ったか? 「お庭にいるんですか?」 「ああ。ベンチに寝かせておいた」 「わかりました!」 「あ、玉川さんに連絡しておくわ」 「任せた!」 相模原が駆けていくので、慌ててその後を追う。 京王は相変わらず気分が悪そうにしている。 「姉様、お薬持ってきました」 「た、ま?」 とても困惑している。そりゃそうだ。自分が知っている妹よりでかいんだ。 「あ、大きさは気にしないでください」 「そうか⋯⋯わかった」 ツッコミをぐっと飲み込む。 後から歩いて来た小田原は、言いたいことはわかる、とでも言いたげな顔をしていた。 「姉様はいつも頑張っていますから、たまにはゆっくり休んでいいんですよ。あ、これ飲んでください」 慣れた手つきで薬を飲ませる相模原。 さりげなくフォローを入れる姿も、さすがだ。 「ささ、姉様、こんなものでよろしければ私のお膝に!さあ!」 すごい言い回しを聞いた。そして逆転した体格差を利用してやがる。 京王も京王ですんなり受け入れてもしょもしょ移動するな。 小田原が、耐えろ、という目で見てきた。くっ。 少しすると、すやすやと寝息が聞こえた。眠ってしまったようだ。 「副作用に眠気があるのですがそれでしょうか」 「副作用の眠気って都市伝説じゃないのか?」 「姉様ですから⋯⋯」 「そうねえ」 「そうなの」 さっぱりわからん。 「私と会った時にはだいぶマシになってたって言うけど、本当みたいね」 「何が?」 訊ねると、小田原はキョトンとする。 と、すぐにニタァと悪い笑みを浮かべる。 「そっかあ、あんた私より年上のくせして知らなかったのねえ?」 「う、うるさいな、一年だけだろ!⋯⋯で、何をだよ」 「姉様は元々体が強くなくて⋯⋯結構こういうことはあったんです」 「私と初めて会った時も倒れたのよ。言い合いしてたらね」 「お前ら会った瞬間から喧嘩したのかよ」 「⋯⋯からかっただけよ」 間と笑みが怖かった。詮索しないでおこう。 と、その時。門が開く音がした。 場の空気は固まる。門から中に入り玄関にたどり着けば、こちらが見える。 そして、その人物は恐らく三択に絞られる。 その一。井の頭が遊びに来た。あいつは聞き分けがいいから、まあ何とかなる。 その二。不審者。駄目。でも多分小田原いるし追い払える。 そして、その三。高尾が帰ってきた。不審者よりヤバい。 で、まあ、こういう時は大抵良くないことが起こる。 「⋯⋯あれ?みんな何してるの?」 まだ事件を知らない様子の高尾。 三人で顔を見合わせる。 私は特急列車の如く高尾の元へ飛んで行った。 「高尾!まあ待ておちちつちつけ」 「東横の方が落ち着いてよー」 高尾が庭に来ないようそれとなく引き止めようとする。 「あのね、私の姉さんセンサーが反応してるんだけど」 「えっ怖!?」 「あ、幽霊さんじゃないからねー。私のセンサーね」 「さらに怖!?」 しかし、あちらに行かせてはいけない。高尾のためにも。 そこへ、新たな人物が到着する。 「東横!あっ高尾ちゃんコンニチハ」 玉川の顔から血という血が抜けていく。 無垢なおめめで玉川を見つめる高尾。そして、庭の方をむく。 「⋯⋯玉川さん」 「はい」 「金輪際眠らないで」 口元だけがにへっとしていた。 「あ、その、そちらへ行かれますと、あのその、実はお姉様記憶が消⋯⋯あやふやになっておりまして、これ以上混乱させたくないとおもひければ」 「記憶も一緒に戻したの?どれくらい?」 玉川はこちらを見る。そうか、本人も把握していないのか。 「あ、はは、そ、それはその、ですね」 「うん?」 「あ、その、天現寺のことは覚えておりませぬでした」 どちらにしてもダメなんじゃないかこれ⋯⋯? あ、高尾の表情が曇って⋯⋯。 高尾は庭の方へと歩き出す。雷雲の擬人化じゃないかと思うくらいの威圧感がある。 「お待ちくだされ高尾様!」 「ア、アノ、タカオサマ!」 防ぎきれなかった! 「あ、あら、高尾。ごきげんよう⋯⋯」 「ね、姉様は眠っているから静かにな⋯⋯!」 あわわわ⋯⋯としていると、高尾はキッと振り返る。 そして、玉川を凝視する。 「戻るよね?」 「今回はバッチリ解除法を考えてきたわ」 「記憶、絶対消えないよね」 「⋯⋯タブン」 「傷つけたら首刈るよ」 「ヒッ」 絶対に本気でしかない。場は恐怖に支配される。 「⋯⋯ん」 癒しが目を覚ました。 「あ、あれ?⋯⋯多摩⋯⋯小田原?」 「え?」 「へ?」 「ほぁ?」 次の瞬間、私の目の前の景色は変わっていた。 顔を上げてキョロキョロすると、屋根のある場所の囲いの外。その地面に寝転がっており、突き飛ばされたのだとわかる。 犯人の高尾は何食わぬ顔をして立っている。 しかし、私は直後にその意図を悟る。 「御陵、今何か赤いものが⋯⋯」 「気のせいだよ」 「あれ、御陵身長伸びた?」 「気のせいだよ」 「⋯⋯あれ、私が縮んだ?」 「そうだね。でも気にしなくていいんだよ、すぐ戻すから」 痛かったが、ナイスと言わざるを得ない。眠っている間に記憶が戻り、御陵のことは思い出した。 玉川を見ても何ともない辺り、まだ玉川電鉄はあるらしい。 その頃の私との仲は、言うまでもない。 ⋯⋯深く考えるのはよそう。嫌なことばかり思い出す。私の責任であると言えばそうなのだが。 「京王ちゃん、ちょっと私の言うことを聞いてくれる?」 「は、はい」 状況が全く掴めず混乱しているが、素直に玉川のいうことを聞く。 「それじゃあ、少し広いところに来てもらえるかしら?」 「はい」 ミミズのようにそっと地面を這い、視界に入らないようにする。 「それじゃ、じっとしててね⋯⋯」 シャランと、鈴の音がした。 次の瞬間、光が放たれた。 「⋯⋯京王ちゃん、どう?」 「⋯⋯⋯⋯」 様子が気になるが、念の為まだ覗かないでおく。 「玉川さん」 「うん?」 「もう眠らないでください」 「京王ちゃんまで!?」 どうやら、戻ったらしい。 「ねえさーん!」 「高尾」 「わーい、高尾だよー!」 「ああ。ちゃんと思い出した」 記憶が無くなっていたという記憶があるらしい。 ⋯⋯ん?それはつまり。 「お前、覚えてんのか!?」 にょきっと生える。 「人の家に不法侵入する趣味を持っていることなら覚えているが」 「いや、あれは⋯⋯」 「門から入ったんじゃないの?」 小田原が冷たい目で見てくる。 「生垣のあの辺から侵入してたぞ」 「東横ツラ貸せ」 「ひいぃっ!?」 門の開け方がわからなかっただけなのに。 内側からならわかる。 「だってだってー!早く寝かせないとって思ったんだもんー!」 「それはご苦労ね。ただ私が殴る理由はそこじゃないわ」 殴られる!? 「お、小田原さん!今回は非常事態でしたのでお慈悲を!姉様を助けていただいたご恩がありますので⋯⋯」 「相模原ぁ⋯⋯!」 天使か。天使だ。いや、天使だ。 「命拾いしたわねえ」 相模原には逆らえない。良心の呵責的に。 「⋯⋯ごめんなさい」 高尾が急に謝る。 「それ私があけたの」 そうだ。私はそれを見ていなから、知っていたのだ。 「ごめんなさい」 「高尾なら仕方ないなよしよし」 「贔屓かよ!」 「だって高尾なんだから仕方ないだろ!?」 「えっ、すみません⋯⋯」 すごく怒られた。何でだろう、そもそも私は玉川を手助けしてやってただけなのに。 玉川に同情の目で見られた。理不尽だよな、私に関しては。私に関しては。 「あ、今回は解除の副作用ないみたいね」 「今回は?」 「あ」 「⋯⋯」 これが初めてではないのか。迷惑な玉川だ。 小田原が京王につつかれているが、言ってはいけないことだったのだろうか。そうだとしても詳しいことは知らん。なので無視しておく。 「よくわからんが⋯⋯これで一件落着ってことでいいのか?」 「そ、そうねえ」 「玉川さん、今日は居残りだよ」 「⋯⋯はい」 お疲れ様でーすと言うふうに手を振ってやり、早いうちに退散する。怒った高尾とか見たくないし小田原怖い。 何だか今日は、とても疲れた。家に帰ったら風呂に入るか。大井町に沸かしといてもらおう。 後日、世田谷がケーキを渡してきた。 持ち手には、ピンクと紺のリボンが結んであった。
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