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夢を見ていた。
小学校の卒業式。音楽の教師がオルガンを弾きながら明野裕一ら卒業生は教室へ入って行く。着慣れないよそ行きのブレザー、窮屈な上履き、ぎこちない足取りが名前も知らない音楽に合わせて動く。卒業生は四人。黒板の前へ一直線に並び、後ろで固まるそれぞれの両親、教員たちの顔を目だけ動かして眺め回した。
妹の清美が〈行かないでよ〉と声に出して泣いている。目線を外して窓の外を見た。もう今日で終わり。その事についての感慨はあまり無く、また明日も別の一日が始まるんだと言うどこか白けた気持ちでいた。
見知った顔ばかりの筈だったが、保護者と教員との間のスペースに立っている人物がいた。黒いスーツを着た男だ。顔はよく見えない。肩が震えている。泣いているのかもしれない。しかし記憶を手繰り寄せてもその人物に合致する者はおらず、自分自身にいささか呆れてしまった。この東岡小学校にまだ知らない人間が居たという自分の無関心さに。
「卒業生、礼」
校長の掛け声と同時にその男は顔を上げた。みんな礼の姿勢をしていたが、明野だけは頭は下げなかった。
下げれなかった。
男は泣いていたと思っていたが違う。
その顔には涙の痕などまるで無く、楽しそうに明野らを見て笑っていた。
見覚えのある顔、誰だ…。
そうだ。
「朔野星太郎」
目が覚めた時には時計のアラームが鳴っていて、小窓から差す朝の陽気が寝室を照らしていた。首もとが微かに汗ばんでいる。ベッドから飛び起きた。ボディペーパーで体を拭き、歯を磨きながらカッターシャツに腕を通す。
テレビを点けると今日は午後から雨の予報だとアナウンサーが伝えていた。出勤しても何も出来なさそうだと思った。それよりも先週から溜まっている書類処理がちらついた。
そっちの方を優先させるか。頭の中で整合性を図りながら一日のスケジュールを組み立て直す。身支度に追われ、先程の夢の事などとうに明野の頭から消え去っていた。折りたたみ傘を鞄へ入れ、陽子の写真に「行ってくるよ」と声をかけ部屋を出る。会社に一本の電話が入ったのは午後二時を少し回ったところだった。雲行きが怪しくなり、一度会社へ戻ったところ部長に呼び止められた。
「きみ、姪がいたの?本社経由で電話掛かってきてるけど」
返事をする前に脳裏に詩織の顔が浮かんだ。確か大学へ進学して一人暮らしをしているはずだった。最後に会ったのは二年前の正月。受験終盤の追い込みでたまの息抜きに、と妹の清美がわざわざこちらまで連れてきたのを覚えている。時期が時期だっただけに久し振りの再会も定型的な挨拶で終わり、詩織はそそくさと参考書を持って近くの街中へ消えていった。会話らしい会話はなかった。しばらくして清美から大学合格の報告は聞いたが、直接詩織を労う事も無く今に至る。そんな詩織からの電話、しかも個人携帯ではなく会社を通してでの事態に胸がざわついた。お騒がせしてすみませんと部長に礼を言い、受話器を取った。
《あの、裕一さん、詩織です。宮内詩織です》「もしもし」と言いかけると向こうから突然声が飛んできた。大きいながらも少し声が震えていた。耳に飛び込んできた声に〈こんな声だったか〉、と記憶を巡らすも全くわからなかった。取り敢えず明野の勤務先と名前、姪という関係性を知っている事に信頼をして返事をした。約二年ぶりの会話だった。
「うん、わかるよ。どうしたの」
《お久しぶりです。ごめんなさい。会社にかけてしまって。絶対に嘘だと思うかもしれませんけど、本当の事なんです》
「うん?」
いまいち明野は詩織のペースをつかみ切れない。詩織は言葉を連ねる事で緊張を和らげようとしているのかと明野は思った。しかしつぎの発言で即座に否定される。
《わたし、お父さんとお母さんに殺されるかもしれないんです》
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