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理解するのに時間がかかった。少しでも突くと崩れ落ちそうな詩織の声から来る緊張感はとても冗談とは思えない。
「一体どういう意味、それは」
突然の話で思わず声が大きくなった。長引くなりそうな予感がしたので明野は椅子を引いて座った。身内からの電話という事で部長も緊急性を理解したのだろう、明野が椅子に座るとそばから離れていった。
《上手く言えないんですが、二人ともおかしくなったみたいで、私この前腕を切られそうになったんです》
詩織の吐き出す一語一句と明野の知っている宮内一家がまったく繋がらなかった。殺す?腕を切る?あの二人が?冷静になるといくつかの疑問符がわいて出てきたが、全部押しやって一つずつ咀嚼していく。
「ほんとう?いま詩織ちゃんどこから掛けてるの?」
《家です。本当です》
信じてもらえないと初めからわかっていたのだろう、一気にトーンダウンした。しかし、その事は詩織の方も覚悟はしていたはずだった。信じてもらえない様な事を一蹴される覚悟で、わざわざ会社へ電話をしてきているのだ。
「家ってどこの?下宿先?」
《いいえ、実家です。B県の実家にいます。今は二人とも外に出たので私だけです。だからかけました。今から会えませんか》
確かに電話越しだと状況把握に限界があった。詩織が指定した実家付近にあるファミレスに明野は向かった。清美と義弟の毅を関知しない範囲までおし拡げて想像するのは今日が初めてだった。
十数年ぶりに戻ってきたB県の故郷は相変わらず田園の多い片田舎の風情を惜しげも無く見せ付けていた。午後四時に迫ったこの時間帯は、学校帰りの小学生らが畦道を軽快に走っていた。一言で言えば長閑な村だがここで十七年間も生活していたとは、今となっては考えられないほど周りから取り残された村だ。あれから長い年月が経ち、町の外れは鉄道の沿線によりちょっとしたベッドタウンになっていた。宮内夫婦もそれに便乗して一軒家を構えている。明野とは違い順調に人生を歩んでいる清美の堅実さを妬んだりもした。しかしその堅実さの結晶が詩織なのだとしたら、一体さっきの電話口は誰だったのか。考えを巡らせば巡らすほど宮内一家の原風景が遠のいていった。
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