2人が本棚に入れています
本棚に追加
魔導師その2
そのウラから、ママがヒロシ君に会いたいって。そう言われてウラの家に招かれた。
古い文化住宅の奥の部屋。お世辞にも綺麗とは言えないそのひと間の部屋でウラはお母さんと暮らしているのか…。
ウラからパパは外国に出張していて、何年も会ってないの。そう聞いていた。
和室にしては相応しくない調度品がある。ヒロシさんにはどの国の物かは分からなかった。見るからに歴史のある家具で溢れかえり、大きな鏡。そして、何より部屋が暗い。夕方とはいえまだ陽も高い夏である。
黒いカーテンで締め切り、蒸し暑い。おそらく三十度は軽く超えているであろう。扇風機も無いのか…。
ウラたち暑くないのかな、そう思い見ると、二人とも平然としている。汗ひとつ掻いてない。涼しい顔してウラのお母さんもニコニコと笑っていた。
吹き出す汗を袖で拭っていると、
「いつもウラを仲良くしてくれてありがとうね、ヒロシさん」と口角を上げて礼を言うウラの母親。
いいえ、そんな。
喉が渇き過ぎている。辛そうにしているヒロシさんにようやくウラが、「ママ、飲み物出して」と促した。
やっと冷たいのが飲める、そう安堵したヒロシさん。
…うわ、なんだこの味!?
飲んだことのないその飲み物に思わず吐き出してしまった。
「あーあ、合わなかったみたいねママ」
「そうねぇ、早すぎたかしら」
その親子の会話に、なんだか頭がぼうっとして来たような…。
目が回る、あぁぁ…。
胃が、身体がだんだん熱くなってきたヒロシさん。そして異様に鉄臭い。
「熱い?やっぱり早すぎるみたいね、ヒロシ君」
倒れ込んだヒロシさんに顔を近づけて、まるでこうなると分かっていたかのようにウラは母親と示し合わせているようだった。
グッと顔を近づけてくるウラに、ヒロシさんは頭がますますグラグラと回って来て、顔が熱くなって来たのがわかった。
「鼻血出てるよ」
ヒロシさんは鼻血を出してしまった。さっき飲んだ飲み物のせいだ。ウラに興奮したわけじゃない、そう言い訳しようとしたが舌が回らない。上手く話せなかった。
「何にも言わなくていいから。ウラと同じになればヒロシ君はなれるから」
言っている意味がわからない。ウラは何を言ってるんだろう…。
出ている鼻血を指で拭い取り、ウラは口に入れた。
音を立てて舐め取るウラ。
するとウラの母親が顔を近づけて来て、直接鼻血を舐め出した。
「あーママ、ずるいー」
ウラも顔を近づけて、二人で馬乗りになり、抑えつけるようにヒロシさんの血を舌で舐めて行く母娘。
ヒロシさんはますます興奮状態になり、鼻血が止まらなかった。
顔中唾液だらけになり、息を荒くして倒れ込んでいたヒロシさんに、
「これで魔導師になれるね」とウラが言う。
「まずは、ってところね。パパもそうだったし、ウラと将来結ばれて同じ血が混ざれば…ね」
…結ばれる?どう言うこと?
朦朧としていたヒロシさんの耳に母と娘が話し合っていた。
「こうして儀式も簡単とはいえ済んだし、ご先祖様もお喜びになると思うわ」
…ご先祖さま?
遠い御先祖はルーマニアで国王だった…その子孫が私たち…今はこんな貧しい暮らしをしているけど…男が弱い家系で…男が生まれてこない…だから娘に気が惹かれる男に素質が…いずれご先祖様と同じ男子が生まれて…いえ、ご先祖の再降臨が叶うのを…逃げたパパの代わりに…儀式には人の血の混ざったお酒を…
何?わかんない…ヒロシさんはその朦朧とした頭で混乱していた。
「大人になったらお婿さんにね、約束ね」
ウラがヒロシさんにいい含める様に覗き込んで微笑んでいた。
意識が戻ったのはヒロシさんの自宅であった。
悪い夢とか見ていたような?
それからウラが学校に来なくなってしまった。
借金してアパートにいられなくなり、こっそり夜逃げするかのように出て行った、そんな話をそれとなく聞いた。
ウラの本当の下の名前が『ヴュラ・ド・カーミュラ』というのを知ったのは、担任の先生がウラが来なくなった訳を話した時が始めてだった。
あの親娘はまだ人の血を吸い続けているのだろうか。
先祖の復活を目論んでいるのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!