海の底 -洸-

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そうだ、死のう。 ザザーー…、ザッパーーーンッ。 崖の上から見下ろす波は、岩に打ち寄せて雄々しく鳴り、20メートル上まで、白い飛沫(しぶき)を上げている。 いっそこの中に飛び込んだら、私は楽になるのかも__ なんてこと、本気で思っているワケではないけれど、狂おしく荒ぶる高波を、崖の上から何時間も見つめていれば、ふとそんな気にもなってくる。 私、こと東洸(あずま ひかる)は、今日、今年初めての有給休暇をもらった。 どうせ仕事なんかないのに、上には散々渋られながら。 ここは、家から車で30分ほどの海岸線にある、国道沿いの展望台。 平日の昼間、ましてや台風一過の時化(しけ)の中で、人なんていないだろう、とたかを括って来たんだけれど、その予測は見事に外れた。 夏休みだということもあり、むしろ高潮を狙った浜辺にサーファーが10人はいて、サマースポーツを楽しんでいる。 どうせ近くの大学の学生達だろう。 平日の昼間から、気楽なものだ。 ああ、 あの海の底は、一体どんな風になっているのかしら。 あの深い色の藍。 外はこんなに眩しくて、じわじわ焼けるように暑いのに、あそこはきっと冷たくて暗く静謐で、居心地良いに違いない。
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