初恋の色

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 同じ布団で眠り、お風呂も一緒に入った。全てのことを分かち合ってきた。  幼いころの温もりは、成長してもそのまま続いていくものだと思っていた。  けれどそれは唐突に──断ち切られた。他でもない、弟の手によって。 『澪なんか嫌いだッ!』  思い出しては辛い。思い出しては傷付く。澪はそれの繰り返しをしてきた。  仲良くやっていたつもりの澪にとって、樹の叫び(嫌い)は青天の霹靂。  今までのことの全てにおいて自信をなくすほどの威力を持った言葉だった。だから、どうすればいいのか判らなくなった澪は──逃げた。  もうこれ以上傷付かないように。これ以上弟を追い詰めないように。また、あの言葉を言われないように。  樹に嫌いと言われてから、澪は自分に自信が持てなくなった。弟にあんなことを言われるなんて、人との接し方に問題があると思った。それは社会人になった今でも尾を引き摺っている。 「お帰りー、澪」 「ただいま」  帰ると出迎えてくれる樹の優しい笑顔。  嬉しく思う心の片隅で、いつかまたこの笑顔が自分のせいで(かげ)ってしまったら……と考えてしまう。  同居生活を楽しもうと思っているのに、どうしても纏わりついてくる後ろ向きな気持ち。こびりついて離れない。 「今日は鮭のホイル蒸しだぜー」  澪が着替えている間に、樹は甲斐甲斐しく食事の用意をしてくれる。澪が座るのを待って、一緒に手を合わせた。 「いただきます」 「ありがとう、樹。いただきます」  この時間が、何より大切で愛しい。 「次の休みさ、レンタカー借りたからどっか出掛けようぜ」  以前の約束を、澪は覚えていた。樹も同じということが、それだけで心が暖かくなる。 「でも、樹。もうすぐ入社でしょ? 準備は? 遊んでて大丈夫なの?」 「全部終わってるよ。出された資料も全部読んでレポートも書いた。スーツも用意済み」 「だったら、いいけど……」  作ってくれた料理を有り難く堪能する。樹の手料理はどれも美味しい。食べるだけで幸せな気持ちになれる。 「どう? 旨い?」 「うん。凄く美味しい。毎日食べ過ぎちゃうよ」 「いいじゃん。もっと食ってもうちょい太れば?」 「な……」 「澪、まともな飯ちゃんと食ってたのか? 手抜きばっかで栄養摂ってなかったんじゃねぇ? 貧血でぶっ倒れるぜ」  言い返したくとも、ずばりその通りなので、澪はぐうの音も出ない。 「女の人に向かって太れとかスタイルに関して言うことはセクハラって言われても仕方ないのよ。これからは気を付けないと」  悔し紛れにそんなことを言ってみても、樹は涼しい顔をしている。 「こんなこと他で言うわけないじゃん。澪にしか言わない」  これは、どう受け取ればいいのか。姉として自分を見てくれているからなのか、どうとも思っていないからなのか。  チラリと樹を見ると、樹も澪を見ていた。その優しい眼差しにドキッとする。  ──そんな優しい目で見られていたなんて。  どんな意味が籠められた視線なのか。どう反応すればいいのか判らない。
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