初恋の色

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「レンタカー借りて、どこ行くの?」  視線を受けているのが落ち着かなくて、澪は無理矢理話題を変える。 「んー、どこにしよっかな。王道のデートコース行ってもいいけど、どうせなら花見でもする? 丁度今咲いてるだろうし」  耳慣れない単語が出てきて澪は思わずむせそうになったが、樹は一向に構わず言葉を続ける。 「新しく出来たサービスエリアも行ってみたいしな。どうせなら泊まる? 澪休み取れる? 土日で行けないこともないだろうけどどうせなら空いてる時の方がいいしな」 「ちょ、ちょっと、待って!」  樹の唇からポンポンと出てくる言葉の羅列に、澪は慌ててストップを掛けた。 「泊まりって何!? ふ、ふたりで泊まるって言うの!?」  焦ったあまり、どもってしまった澪を、樹は不思議そうな表情で見てくる。 「そうだけど? 何か問題ある?」 「そ、そうって……ッ」  確かに一緒に暮らしているけれど。だからといって、ふたりきりで泊まり掛けの旅行なんて。 「別に、家族旅行と似たようなもんじゃん。俺たち、姉弟(きょうだい)なんだからさ」  姉弟──……  樹は、本当に自分を姉と慕ってくれているというのだろうか。そうだったらどんなに嬉しいか……けれど。  ()()()()が忘れられない。 「休み取れねぇの?」 「……訊いてみないと、判らない」  忙しい時期を外せば、有給の申請は恐らくすんなり通るだろう。澪の普段の勤務態度は真面目一辺倒だ。おまけに有給はほとんど使っていないのだから、会社側としても難色は示せないはず。 「じゃあ、行くって方向で。俺色々手配しとくから」 「本当に、泊まるの? お金だって掛かるのに……」  何とか足掻こうとする澪を、樹は笑顔で抑える。 「俺、ずーっとバイトしてたから、金の心配は不必要」 「そんな……だったら、それは樹の大切なお金でしょ。こんなことに使わなくても」  澪の言葉を遮るように、樹は甲高い音を立てて持っていた茶碗をテーブルに置いた。 「何が()()()()()? 俺の金なんだから、使い道は俺が決める」  目を細めた樹の言葉に、澪は体温がスッと冷えるのを感じた。何か、今、樹の琴線に触れた。触れただけならまだしも、それは多分不快に思ったようだ。 「……ごめん」 「変な心配すんなよ」  樹はそう言い置いて残りのご飯をかき込む。澪も黙って口に運んだ。  * *  ──ふぅ、と息をつく。  暖かい湯船の中、手足を(ほぐ)した。最近の毎日は、怒涛の勢いで物事が進んでいく。  樹に流されているけれど、これでいいのか。一抹の不安を感じる反面、これでいいと思う自分もいる。やっと、(おとうと)と一緒に居られる。やっと、歩み寄れる。  心の中ではどう考えているかは判らないが、少なくとも同居するほどには心を許してくれている。どういうつもりかは判らないが、旅行なんて提案してくる辺り、昔よりは近くに居る。  パシャン……と波立つ。お湯の中で肌を撫でる。  樹、樹。  何を考えているんだろう。自分()のことをどう思っているんだろう。慕ってくれているのなら嬉しい。また昔のように仲良くやりたい。  その気持ちを表に出して大丈夫だろうか。押し付けになることだけは避けたい。樹の気持ちを尊重したい。  身体が暖まる。頭も茹だっていく。逆上(のぼ)せないように湯船から出て髪と身体を洗う。最後に肩から掛け湯をして浴室から出た。  ドライヤーで髪を乾かしてから洗面所の扉を開けると、ちょうどリビングから出てきた樹と鉢合わせした。
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