初恋の色

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「な、決まり。すぐ部屋探すから、しばらくはここに住むからな」 「だ、だから、無理だって! こんな狭い部屋なのよ!」  澪の再三の拒否に、樹も不機嫌になる。 「じゃあ明日部屋探してくる。広くなれば文句ねぇだろ」  それだけがネックではないはずなのに、澪は反論出来ない。 「でも今日は泊まらせてもらうぜ。今更どこ行ったって部屋なんか取れねぇし」  樹の言葉に、澪は渋々頷く。確かに今から泊まるホテルを探すのは大変だろう。 「じゃあ明日は俺が朝食作ってやるから。楽しみにな」  にっこりと笑った樹の顔は、幼いころを思い出す。 「……でも、どこで寝るのよ」  澪の部屋には、もちろん澪だけのシングルベッドしかない。 「別にどこでだって構わねぇよ。一緒のベッドでだっていい」 「なッ」 「いいだろ? だって俺たち──」  そこで言葉を切って、樹は澪に近付いた。 「俺たち、姉弟(きょうだい)なんだから」  * *  澪の朝は、眼鏡を掛けることから始まる。  起きてまずすることは、ベッドサイドに置いた眼鏡ケースから眼鏡を取り出すこと。赤色の細いフレームを大切に持ち上げ、ゆっくり顔に掛ける。  色と形が気に入っているこの眼鏡はこれで二代目だ。眼鏡を入れている花柄の眼鏡ケースも気に入っている。  いつもと同じように眼鏡を掛けて、クリアになった視界で部屋を見れば、いつもと同じはず──では、なかった。 「おはよう、澪」  にこやかに挨拶をしてくる相手──(おとうと)。 「……おはよう、樹」  ぎこちなく挨拶を返す。 「良く寝れた? 俺は良く寝れたよ」  澪のシングルベッドでふたりで寝るのは断固拒否をした。  樹もそれ以上は固執することなく、ローテーブルの隣に置いてあるビーズクッションと毛布と膝掛けとタオルケットで何とか寝床を作った。  そんな状態で本当に良く寝れたかどうか定かではないが、寝不足ではないらしい。澪はなかなか寝付けなかったが。  部屋には既に良い匂いが漂っている。昨日の約束通り、樹は朝食の用意をしてくれていた。 「飯出来たぜ。顔洗ってこいよ」 「う、ん……」  にこやかな表情で樹がそう促す。  良く判らない。樹が判らない。こんなにご機嫌な顔を見るのは一体いつ振りだろう。以前は澪と顔を合わせるといつも不機嫌そうな顔をしていたのに。  こんな風に笑顔を見せられると、どうしていいのか判らなくなる。  テーブルの上には白いご飯と麩の浮かんだお味噌汁。おかずは両面焼いた目玉焼き。質素なはずのそれは、出来立ての湯気を上げて美味しさを主張している。 「いただきます」 「……いただきます」  こんな風に、弟と朝食を摂るなんて。  困惑して、戸惑って──それでも、やっぱり嬉しくて……口に入れた白米がいつもより甘い気がした。 「どう? 味」 「……美味しいよ。ありがとう、樹」 「どーいたしまして。澪、(ろく)なもん食ってねぇのな。買い置きのとか全然ねぇじゃん」 「最近忙しいの。買い物も疲れちゃって行けないんだもの」 「じゃあしばらくは俺が食事当番してやるよ」 「は?」 「だから。俺一緒に住むっつってんじゃん。今日部屋も見てくるから」  箸を止めることなく樹が宣言する。澪は取り残されたまま。 「ちょっと待ってよ。本当に本気なの?」 「当たり前だろ。何だよ、まだ何か言うつもり? 何の不都合があるんだよ」  ジロリと睨まれて、澪はどう反論すればいいのか判らなくなった。
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