初恋の色

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 一週間はあっという間に過ぎる。  澪は毎日仕事をしてから荷造りに追われて、引っ越し当日はぐったりと力尽きていた。 「澪」  樹が顔を覗き込んできてもすぐに反応出来ない。目眩を起こしたかのように、頭の中がクラクラとしていた。 「何だよ、澪。もうギブ?」  そうからかってきても軽く睨むことしか出来ない。 「片付けないと今日寝るとこないんじゃない?」  新しい2LDKの広いリビング。そこに澪はへたり込んでいた。  引っ越し業者が運んでくれた大きな家具は各部屋に置いてくれてはあるが、それだけではもちろん使うことは出来ない。至るところに片付けなければいけない段ボールがあるのに、気力が沸かない。脳からの指令が各神経に届かないようだ。 「仕方ねぇなぁ」  そんな澪を見ながら樹はどこか嬉しそうにして近付く。澪が抵抗する暇を与えず、脇と膝の下に腕を入れて抱き上げた。 「ちょ、樹!?」 「疲れてるんなら休んでればいいぜ。俺が片付けといてやるから」 「お、降ろして!」  そう言いながら樹が進んだ先は、澪の部屋ではなく樹の部屋。  樹の部屋には納入されたばかりの真新しいベッドが置いてある。マットレスもシーツも敷いてあって、そこだけは憩いの場になっていた。樹は抱き上げていた澪を、そこに降ろした。 「ここで休んでろよ。寝てればいいから」 「樹」  慌ててベッドから降りようとする澪を制する。 「でも」  それでも起き上がろうとする澪の肩を掴んで──樹は優しく押し倒した。 「……いつ、」  名前を呼ぼうとして、声が出ない。  自身の上に乗り上がっている樹を見て、一気に身体が熱くなる。肩を掴んでいる樹の手も熱い。  時間が止まる。目が離せなくなる。僅かな時間にも関わらず、釘付けになった。そのまま樹の顔が近付いてきて、澪は驚きに目を見開く。  樹は澪の耳元に唇を寄せ──「お休み」と、囁いた。  刹那、下腹に走った電流のようなものは何だっただろう。下腹というより、子宮が震える。一気に身体の力が抜け、腰の辺りが重くなった。  すぐ間近で澪の目を見つめてから、樹は微笑みながら身を起こし、部屋から出て行った。  澪はひとり、取り残されて──  得体の知れない胸の高鳴りを押さえていた。  寝てろと言われても、素直にそのまま寝るわけにはいかない。けれど普段余り身体を動かさない鈍った身体は、思うように動かない。  澪以上に動いて、朝から働き詰めの樹を見て、その違いに体力の無さを実感した。元々の基礎体力の差もあるだろうが、姉として情けない。扉の向こうでは、樹が(せわ)しなく片付けている気配を感じる。  ほんの少しだけ……ほんの少しだけ休んだら、片付けをしに行こう。一分だけ。一分だけ目を閉じたら起きて行こう。そう思っていたのに。  次に目を開けた時は──薄暗闇が漂っていた。
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