初恋の色

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「離して……ッ!」 「答えたら離してやるよ。で? 今俺に触った?」  手の平に感じる樹の唇が熱い。おまけに小さく舐められた。 「や……ッ!」 「嫌なら早く答えろよ」  熱い手と唇とは裏腹に冷たい言葉。 「さ、触った! 頬っぺに触った!」  びくともしない手を何とか振り解こうとする勢いで叫ぶ。 「何で?」  答えたのに離してくれない樹が恨めしい。 「……触りたかったの! だから触ったの! ごめんね!」  最後は逆ギレ。澪の答えを聞いて、樹はようやく手を離した。解放された瞬間に、樹と距離を取る。 「何で……こんなことするの!?」  思わず恨み節が口をついて出る。 「ん? 澪と一緒じゃん。触りたかったし、舐めたかったの」  真っ赤な顔をした澪とは対照的に、樹は涼しい顔をしている。 「ごめんね?」  澪と同じ言葉を、赤い舌をチラリと見せて口に乗せた。  澪はどうすればいいのか判らなくて、キスをされた手を抱き込んで背中を向ける。意味が判らない。  嫌いな女に、何でこんなことするの!? 嫌いだからこそこんな嫌がらせするの!? こんな嫌がらせするくらいなら、どうして一緒に暮らそうだなんて言うの!?  感情と思考が現実についていけずに混乱する。そんな澪を横目に、樹は腕を伸ばして伸びをした。 「あー、ちょっと疲れたかな」  ポキポキと首の関節を鳴らす音が聞こえる。そうだった。澪は現実に立ち返る。  樹はつい先程まで引っ越しの片付けをしてくれていたんだ。自分が樹のベッドで寝てしまっている間もずっと働いてくれていた。それを思い出し、澪の顔色は今度は青くなる。 「ご、ごめん……樹。片付けひとりで任せちゃって」 「ん? いいよ、別に。寝てろっつったの俺だし」  そう言われても、それだけで済ますことなんて出来やしない。  やってしまった。自分は姉なのに。大切な弟と再会して間もないのに、早速失敗してしまうなんて── 「本当ごめん。あとは私がやるから。樹も休んできて」  額に手を充てて、情けない顔を隠す。鏡を見なくても今自分が酷い顔をしているのが判る。 「疲れたっても大したことじゃねぇけど?」  そう言いながら樹は澪の頭を撫でてきた。これではまるで自分が年下のようだ。情けない。 「いいから。休んでて」 「澪がやるっつったって、知れてるだろ。力ねぇんだし。続きは明日やっといてやるから」  遠回しに言うわけでもなく、自分は役立たずと言われた気がして澪は尚も落ち込んだ。 「でも、明日は月曜日だよ。樹も何か予定あるんじゃないの?」 「ない」  澪の言葉は即座に切り捨てられる。 「4月からは働かなきゃならねぇんだから、それまではゆっくりするさ。だから澪は頑張って働いてこいよ」  そう言われると言い返せない。 「で、腹は減ったから何か食いに行こうぜ。引っ越し祝いだ」  祝い、と言うからには、樹にとってこの引っ越しは意に添わぬものではないのだろう。  ──相手が澪であっても。 「疲れてるなら、何か作ろうか?」  疲れている時に外に出たくはないだろう……そう思っての澪の提案は、また即座に却下される。 「この状態じゃまだ料理出来ないだろ」 「でも」 「澪じゃあるまいし、この程度でへたばったりしねぇよ。ほら、行こうぜ」  さりげなく酷いことを言われている気がするが、非力なのは確かで。  樹のペースに呑まれていく。
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