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ただでさえ狭い店内の中央のスペースを埋めるように突然そこに現れた狛犬の像は、頭が天井まで届いてラッパ型のかさの裸電球を押し退けていた。
まさに山の中からたった今そのまま運ばれてきた、というように苔むしたそれは青い匂いを辺りに放ち、首の後ろから右前足までは大きなひび割れが出来ている。
「ししょー……これ、どしたの……」
遥希は呆然と狛犬を見上げて呟いた。不思議と不機嫌な印象をうけるこの像は、一般的には本殿に向かって左に居る宝珠を右前足で押さえた狛犬だったが、やけに目がらんらんとしていた。
その理由を遥希は知っている。桃屋に売り物として置かれている物のほとんどがコレだからである。
長年人に使われて魂の宿ったもの、意図的に封じられたもの、自然の霊気を吸ってその内に精霊を呼び込んだもの……いろいろだったが、桃屋の商品はいわゆるヒトではないものの依代となっている物ばかりなのだった。
果たして……この狛犬も、ただの像ではないのだ。もちろん源内が一枚かんでいるのは言うまでもない。
「中のヒト……怒ってるんじゃないの……?なんか不機嫌そーだもん」
そう言いながら、遥希は靴を履いて土間にまします狛犬に近づいた。すると濡れた石の肌に触れて見上げたその途端、ぎょろり、と像の目が遥希を見下ろし、中から実に険のある声が響いてきた。
『よく分かったじゃん……ハナタレ小僧のくせに』
「えっ 出てる?」
慌てて自分の鼻の下を触った遥希、吹き出す源内。不機嫌なオーラをどす黒く漂わせている狛犬は「ハナタレの上に天然かよ……」と更に苛立ったように舌打ちをした。
『あとちょっとだったのに……クソッ』
吽形型の狛犬像がぞろりと並んだ牙から歯ぎしりの音でも聞こえてきそうな唸り声をあげると、源内は愉快そうに「観念しろ、カズ」と、ゆっくり体を起こした。
「こうなったら式になるか、別の依代に封じられるかどっちかだ。どうする?俺としちゃあ、お前をまた窮屈なとこに閉じ込めんのは忍びねえけどなあ」
『よく言う……!!あんたが邪魔しなきゃ、今日の雷雨で自由の身だったはずなんだ!!』
源内はちゃぶ台の上に半紙を置き、『小学生の習字に最適!』と書かれた墨汁のボトルから黒い液を硯にとぷとぷ出して、使ったまま先が固まっていた筆を指でほぐして浸した。
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