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主のお悩み
さてその日の夕食の時のこと。ダイニングテーブルに4人が座って、今晩のメニューのサンマの塩焼き、茄子の煮びたし、ご飯にお味噌汁を頂いているのは3人。
「カズくん、ほんとにいらないの?サンマ半分こでもいいよ?」
遥希が、隣に座って頬杖をついてぼーっとテレビを見るカズを覗き込むが、カズは視線すら寄越さないまま「いらない」と素っ気なく答えた。
「俺はそういう固形物には一切興味ないの。欲しいのは『気』。ダチなんかはクセがあるっつって嫌がるけど、妖気が大好物なのよ……」
カズが流し目で頼を見つめると、頼はカチン、と頬っぺたにご飯を詰めたまま固まって、源内はそっと耳元に顔を寄せて「そんな痛くねーから。大丈夫」と囁いて、頼を青ざめさせた。
「妖気って、頼ちゃんから出てるの?狐になってる時は、ちょっとだけ……分かるかも。なんか、とろんって感じの匂いがする。美味しいの?」
遥希は箸の先を口に突っ込んだまま頼をじっと見て──
「人型でも匂うよ。ぷんぷん。若い妖獣は甘い匂いがすんのよ…」
と、鼻をヒクヒクさせたカズももちろん頼を舐めるように見て──
源内に至ってはまた耳元にひそひそと「ちっとの我慢だから。な?」などと脅しを吹き込み……頼の頭からぴょこりと飛び出した狐耳は下向きになってぷるぷる震えている。
神獣も妖獣も互いのことは知ってはいるが、普通は好む生息域が違うために出会うことはあまりない。神獣にとってはこの世は「濃すぎる」し、妖獣にとっては天界は「薄すぎる」のだ。
頼は、妖獣仲間に聞いていた。
「神獣に喰われたヤツ知ってるぞ!ダチのダチの話だけど!すげー声上げて、戻ってこないんだって」
「戻って来れたとしても、口が利けなくなってたりすんだって」
覚が大丈夫、というのだから、きっと大丈夫なのだ……ちいとだけ……ちいとだけ我慢すれば……
「俺もよく知らねえんだけど、どんくらいごとに食うの?三日にいっぺんくらいか?」
源内が発した「食う」という言葉にいよいよ堪えきれなくなったらしい頼は、口の中のご飯をごっくん、と丸呑みして「覚くん……」と情けない声を出した。
「俺……痛いのヤダ……」
箸を握り締めたゲンコツをテーブルに置いて、縋るような目で見つめてくる頼の顔。源内の背中はぞくぞくと歓びに疼く。
その様子を見ていたカズは「ヘンタイ……」と呆れたように言ったが、それ以上のフォローをしないのだから到底人のことは言えない。
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