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「まあ、全部吸い尽くしたら死ぬだろうけど。あいつ……頼ちゃん?まぁそこらでは見ない妖力の強さだよね。妖気の量がハンパない。あれを一度に全部吸い尽くせる神獣はそうはいないんじゃない?俺は無理。少食なんで」
別に励ますために言ってるわけじゃない、事実を言ってるだけだ、と……カズがわざわざ自分に言い聞かせるのは、隣の人間が居心地の悪い感謝のオーラを出してこっちを見つめてくるからだった。
「やっぱそうだよね!?良かったぁ!ありがと、カズくん!」
「お礼を言われる筋合いはないよ」
眉間にしわを寄せて顔をふい、と背けつつ……またご機嫌に夕食の続きを食べ始めた遥希に自然と意識が向いた。
なかなかいない。こんな人間は。
神社の参道を見守るカズの前を幾千、幾万の人が通って行ったが、子供のような計算のない同情心を持ったまま大人になる人間というのは滅多といない。
荒んだ時代ともなれば、それこそ神獣が生まれる確率と変わらないかもしれない、とカズは思いつつ、テレビ画面に現れる様々な人間の営みや山の中では分からなかった今の世のすべてを飽きもせず見つめていた。
結局遥希が夕食を食べ終わっても、風呂を済ませて上がって来ても源内と頼は下りて来なかった。
「じゃあ、俺は帰る。噂には聞いてたけど……この体になったばっかだし、此岸は結構キツいわ」
「あ……そうなの?カズくん、生まれたばっかりで天国の場所分かるの?」
「地球上にいる動物だって、みんな教えられなくてもいろんなことを分かってるじゃん。同じこと」
じゃあね、と……あとは振り返りもせず、カズは溶けるようにその場から消えた。
遥希はカズが消えてしまってからもしばらく空気中のカズの輪郭を追ってぼうっとしていた。それから、数Aの宿題があったことを思い出して、ついでに担当教師の前田の少しレンズの汚れた眼鏡の顔がこちらを睨むのが目に浮かんで、慌てて二階の自室に上がった。
桃屋に訪れた夜。土間の古物たちは静かにさざめき、二階の遥希は宿題に追われ、さて源内の自室の2人は──……
一時間ばかり前、黙ったまま頼を部屋へ連れてきた源内は、少し怖い顔をして「耳も尻尾も引っ込めろ」と低い声で言った。
「覚……『とっくん』…?」
「そうだよ。早くして」
そう言って、戸惑った表情の頼がスッと完全な人型になるなりベッドへ押し倒し荒々しく口づけた。
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