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三日三晩探して何の手がかりも得られなかった時、黒江は父親がどれだけ失望するだろうと想像しただけで胸が潰れそうな思いだった。
セイブジェム自体は産地に行けば豊富にあるのだが、ホーエンツォレルン家の家宝になっているセイブジェム『グラジオラ』ほどの石はなかなか見つからない。その比類なき貯蔵力は他を圧倒し、代々家督を引き継いだものの魔力が封じ込めてあったのだ。
食事が摂れないほど落ち込んだ黒江が、明日の朝には父親に告白しなければならないと覚悟を決めたその夜のこと。くん、と体を丸ごと吸われるような引力を黒江は感受した。
「かなり強引な召喚魔法だな……くそっそんな気分じゃねえってのに……」
召喚に応じざるを得ないとも言える強い力だった。常の黒江であれば負けず嫌いの血が騒いで相当抵抗するところだったが、件の落ち込みもあって仕方なく応じたのである。
どこのどいつだよ……わりぃけど、今夜の俺は優しくは出来ねえぞ……
眉間に皺を寄せた黒江が、時空のずれを通り抜ける独特の酔いに似た感覚を刹那感じて足を踏み出すと、そこは少し埃っぽい匂いのする暗い部屋、つまりは桃屋の続きの和室だった。
「おっほ!成功成功!やりゃあできるもんだな」
紺色の着物を少しだらしなく胸元を開けて着ている軟派な垂れ目の童顔男、源内は、黒江を見て嬉しそうに言った。不審げに畳に降り立った黒江のブーツが踏んだのは半紙に墨で描かれた、見たこともない魔法陣。
「何だよこれ……我流もいいとこだな……って、おいお前、それ!!」
黒江が顔色を変えたのも無理はない。源内の手に、黒江が死に物狂いで探していたグラジオラがあったのだから。
「お前か、盗んだのは!!返せ!!」
奪い返そうと一歩踏み込んだ途端、バチンッと電撃的なショックを指先に感じて黒江はぐっと踏みとどまった。
よく見ればうっすらと白い煙のようなものが源内を包み、それが煙ではなく大きな獣の尾だと分かったのはゆらゆらとその尾の主が姿を現したからだった。
「我が主に何をする。下がれ」
低く静かに言った男は源内の後ろに立っていながら黒江を圧倒する気を放ち、幾本もの煙の筋のように見える尾で源内を包んでいた。
一見した所、源内と同じ二十代の甘い顔立ちの男の大きな二重の目のまなじりには、くっきりとした深紅の隈取りが一筋入っている。
人間と変わらないように見えるが現れ方からして当然そうではなく、黒江は知らなかったのだが、彼は日本では馴染みの深い白狐……いわゆる妖狐であった。
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