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「頼くん、大丈夫だって。そんなピリピリすんな」
源内は黒江を見つめたまま後ろの妖狐、頼に、閉じた扇子をぶらぶらさせて言った。
頼は長く源内に仕える式神のひとりだ。元々は頼の母狐が源内の父に仕えていたのであるが……それはまた別の話である。
「だが危険だ、覚……」
「ほんとに大丈夫。ほら……」
言い聞かせるように言った源内は、導くように自分の着物の衿に扇子を引っ掛けぐっと前を開いた。
するとたちまちふわふわの小さな白狐に変化した頼がその懐に飛び込んで顔を着物の合わせからひょこりと出し、黒江をじーっと見上げた。
全身が雪のように真っ白な小型犬ほどの体に大きな尻尾、大きな耳、先ほどと同じ真紅の隈取りのある瞳は黒々と丸く大きく、とてもさっきまで黒江を圧倒する妖気を放っていたとは思えない可憐さである。
本来は姿を消すことも出来るのだ。だがやはりどうしても黒江が気になるようで、少しでもおかしな動きを見せようものならすぐにでも出て行くぞ、という気迫だけは絶えずその可愛らしい顔に漂わせていた。
源内は僅かに顔をほころばせて頼の白い小さなふわふわ頭を撫で、成り行きを見守っていた黒江に再び視線を戻した。
「言っとくけど、盗んだんじゃねえぞ。拾ったんだ」
源内がしれっと言い放つと同時に黒江が「嘘をつくな!」と腹を立てたのもおかしなことではなかった。というのも黒江が友人と酒を酌み交わしていたのは魔界のバールだったからである。
そんなところに人間が入れるはずもなく、つまりは何らかの方法を使って人間界へ移動させたに違いない。黒江はそう思っていた。
ところが源内はその考えを読んだように、
「なんで嘘つかなきゃなんねーの。お前、人間があそこに行けるわけねえって思ってんだ?
ははは 考えてみろよ。お前がこっちに来れるんだから、俺がそっちに行けたっておかしかねえだろ」
そう言って扇子で黒江の足元の半紙に描かれた魔法陣を指す。腹が立つほど余裕綽々な源内の瞳は深く澄んで……そんな人間を、黒江は知らなかった。
黒江を呼び出す人間はほぼ例外なくみんな我欲に囚われた瞳をしていて、恐れ敬うか、あるいは虚勢を張って空威張りするかのどちらかだったのだ。
なんだコイツ……へんな人間
黒江はパチンと指を鳴らすと、現れた一人掛けの椅子にゆったりと腰かけて脚を組んだ。
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