オンゾウシ・クライシス

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ともかく、グラジオラの行方は分かった、ということが黒江に少しだけ余裕を与えた。後はこの人間から取り戻すだけなのだから、どこにあるのかすら見当もつかなかった先程までとは雲泥の差である。 黒江は無言のまま源内を見つめていた。 ゆったりと肘掛けに肘をつき、手を組んで……それは流石魔界でも屈指のお家柄とでも言おうか、醸し出す優雅さや気品はまるで埃っぽい桃屋の和室ではなく黒江の豪奢な邸宅で寛いでいるかのようだった。 「仮に人間が魔界に来れるとして……あのバールに居たんなら俺が気付かないわけがない」 探りを入れるような、まだ半分以上は源内の言うことを信じてはいないことがありありと分かる口調で黒江は言った。 「そりゃ、思い込みってもんだろ。現にお前、気付かなかったじゃん」 悪魔の威圧的な視線にも、源内は一歩も引かない。 「………まぁ、いいわ。はっきり言って今は、人間が魔界に来られるかどうかってのはどうでもいい。ソレ返せ。俺のもんだ」 黒江は椅子にゆったりと凭れかかり、必然的に見下ろす形になる胡坐をかいた源内に、まるで命を下すかのように言い放った。 すると源内はほにゃっと笑って「ヤダ」と言いながら、手にしていたグラジオラをまるで手品師のような手つきで反対の手の中に入れ、両手を握り合わせてぱっと開いた。 もちろんと言えばいいのか……源内の手の中からグラジオラはきれいさっぱり消えている。 「どういうつもりだよ!俺のもんだって言ってるだろ!」 「うん。そりゃ分かってる。だってコレの持ち主出て来いって魔法陣張ったんだからさ」 源内は、怒鳴る黒江に牙を見せる頼を撫でて宥めながら、端に寄せてあったちゃぶ台ににじり寄って新しい半紙を取り出し筆でさらさらと何かを描き始めた。 黒江はイライラしながらその手元を見ていた。 ただ見ていた。 描かれていたのは目にしたことのないような文字、あるいは図形……そのようなものだったためか、向けられた意図に気づくのが遅れてしまったのだ。 気付いた時にはまるで凍りついてしまったように、指ひとつ動かせなくなっていた。 「何……したっ……」 「ん?ちょっくらお願いがあってね。言うこと聞いてくれたら術を解いてやるよ」 源内は描き上がった半紙……丸やら波線やら画数の多い漢字のようなものやらが並ぶ、めちゃくちゃなようでいてどこかバランスがとれている不思議な絵を黒江に向けてぴらぴらと振った。
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