オンゾウシ・クライシス

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複雑な召喚術が必要な高位悪魔たるもの、プライドも並々ではない。 ただでさえ人間に術を掛けられて拘束されるという失態に歯噛みしているのだから、源内の言葉を、侮り遊んでいると感じたとしても無理もないというものだ。 「お前……いい加減にしろよ……」 腹の底から唸るように言った黒江を見ている源内の表情には、しかし揶揄(からか)いも侮蔑も浮かんではいなかった。 「そんな怒んなよ。もう一個約束してくれたら、術、解くから」 源内が手慰みに頼の体を撫でながら言うと、胸元をもぞもぞ上がってきた頼が源内の顎や口元をペロペロ舐めてちらりと振り返り、術で動けない黒江に「へへーん」とでも言いたげな目つきをしている。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い──ではないが…… くっそ……覚えてやがれ…… 黒江は奥歯をギリギリ鳴らして、視線で源内に続きを促した。 「この石、しばらく貸してよ。調べ終わったら絶対返すから。で……分かんねえことがある時は呼ぶから、来て教えて。約束してくれるなら、術を解くよ」 悪魔は約束など守らない……一般的にはそう思われているが、実はそうではない。特に高位の悪魔ほど。 「……分かった……お前も約束しろよ。破ったら、死ぬほど……いや死んでも後悔することになるぞ」 恐らく脅しではないのだ。それは源内も良く分かっている。 「俺の名前は源内覚」 名を用いた契約は、魂に刻まれる。もし契約不履行があればその代償は命が終わっても追ってくる。 「血もいるか?」 源内がにこっと笑って自分の人差し指に扇子を当て、くっと引く。血判状の際に小刀でやるように。すると「そんな古くせーこと、今時やらねーよ」と黒江は鼻で笑って一呼吸置き、じっと源内を見据えた。 「我が名はアスタロト・ユーニオア・フォン・ホーエンツォレルン。その名において交わされた今の契約は決して破棄できない」 独特のトーンで唱えられたのは、契約の音霊(おとだま)。それを聞くなり、源内は傍にあった半紙を持ち上げてビリリと破り捨てた。 さて、黒江が契約を終え魔界の屋敷に戻った一時間後の事。キュウンと眩暈にも似た感覚に「さっき別れたばっかりだろうが!あの馬鹿っ」と怒鳴ったのは、それが源内の呼び出しのサインだったからである。 それから黒江がほぼ毎日と言っていいほど呼び出される羽目になるとは……地獄の閻魔さまも悪魔さまもご存じなかったことだろう。
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