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新たな式
「ただ~いまぁ」
桃屋の立てつけの悪い入口の木製ガラス戸がガタガタと開くと、遥希の脳天気な声が狭い店内に響いた。
「おせぇ……」
奥の和室から不機嫌そうな声が聞こえたが、遥希は気にせず近づいて「はいっあんまんっ」とにこにこしながらメジロ屋の紙袋を渡した。
「もー ししょーもタイミング考えてよぉ 切符買っちゃった後だったよ、これ出たの」
源内は「あ、そう」と顔色一つ変えずメジロ屋の紙袋からあんまんを出してかぶりつき、遥希が「頼ちゃんは?」と訊くのに、顔をくいっと動かして奥の台所を示した。
「ラーイちゃーーん!おみやげ~!」
遥希が障子戸を開けて奥に呼びかけながら出ていってしまうと、源内はもぐもぐやりながら問うように黒江に目線をやった。
もちろん、遥希のことに決まっている。
心得ている黒江は頷きだけでそれに答えて、遥希が戻ってこないのを確認してから単刀直入に「破裂魂か?」と源内に突っ込んだ。
それを聞いてふと咀嚼を止めた源内は目玉をぐるっと動かして黒江を見つめ、何やら考えている顔をした後「知ってんのか」と呟くように言った。
「俺たちの世界にはないけどな。グラジオラの研究にお前が集めてる資料の中に記載があっただろ」
「なんだよ。いつ入ったんだよ。えっち」
「誰がえっちだ。こちとら二日とあけずに呼び出されてるんだ。早いとこ調べ終わってもらわねえとうっとうしくてしょうがねえ」
黒江は最早置きっぱなしになっている自分専用の肘掛け椅子に腰かけて脚を組むと、片方のひじ掛けにもたれ掛るようにして頬杖をついた。
「やっと納得いったんだ。お前がなんでグラジオラのことをこんなに調べんのか。セイブジェムに、破裂魂の中に膨張する魔力を吸わせようってんだろ」
「……まあな」
「けど……難しいだろ、色々。グラジオラクラスでなけりゃ破裂魂の魔力は受け止めきれねえだろうけど、そのクラスのセイブジェムは今手に入らねえし。
そもそも人間とセイブジェムの相性が良くない。お前はなんでか平気みたいだけど」
黒江も何度か聞いたことはあるのだ。何故グラジオラを平気で所持できるのか、と。だがその度のらりくらりとかわされて結局本当のところは聞けていない。
「だから、仕組みを調べてんだよ。式に……宝珠の性質を持たせればいいと思って」
源内はあんまんの最後のひと口を口に放り込むと、指を舐めてまたごろりと横になった。
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