第1章  天使と守護性獣

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第1章  天使と守護性獣

1.経過観察 「おいおい、あいつらまたやってるぞ? マラソン大会」  食堂で久しぶりに遭遇した同僚から出合い頭にそう告げられてミロウシは苦笑した。 「今度はどっちだ?」 「ヒロアーキが逃げ回ってる。」 「うーん…」 「今朝おれが目撃したのはな。正面階段入口脇のエントランスの傘立てのそばにスグルが居たわけだ。」 「おう」 「そこへ遅刻寸前のヒロアーキがダッシュで走って来ましたよと。」 「あぁ、」 「スグルに気がつくだろ?」 「だろうな」 「ダッシュの勢いのまま直角に曲がりやがって、遅刻ぎりぎりだってのに…建物外周わざわざ大回りして、裏門北口から入り直して、ロッカー無視して泥靴と私服のまま集合。」 「…おーい…。」  目に見えるような醜態に、苦笑して頭を抱える。 「まぁそれでもなんとか間に合うところが、あいつの超足なんだがな~…」  喋りながら斜め前の席に腰かけて、持ってきたトレーのランチを素早くかっこみ始めた同僚に、セルフサービスの卓上冷水を注いでやりながら、ミロウシは呟いた。 「…そこで感心せんでくれ…」 「大体よ?」 「おん?」 「あいつら、ど~…っ!…見たって!…両想いだよな? …完全に。」 「…だと思うが?」 「なんだって、いつまでもあの調子なんだよ? いいかげんくっつけよ。ここに来てからだって四~五年は経ってるだろうに。」 「…俺に言わんでくれ…」  ミロウシは、もうこのセリフも何度目かなと思いながら嘆息する。 「だっておまえら三人て、幼な馴染なんだろ?」 「いやちょっと違うぞ?」 「え? 違うのか?」 「俺と広明はそれこそ卵のころからのツレだが、優に遭ったのは高校ん時。 日系人の文化学習クラスの合同授業があってさ。地域の学校いくつか横断で」 「そうなのか。」 「しかも出会いがしらのアッパーカット!」 「なんだそれ?」 「広明が、なんか失礼なこと言ったらしくて」 「やりそう」 「頭ひとつ分くらい身長差あったのに、優の右腕炸裂で、広明の顎骨が砕ける寸前」 「うひゃひゃ」 「以来、広明は、優の貞操観念がもんのすごく堅い! …と、思いこんでてな~…」  頭が痛い。 「…え?」  同僚が本当に心底、キョトンとした顔をした。 「だってスグルってアレだろ? 日系人てより、《乱交猿》の血のほうが濃い…」 「…しゃらっぷ! …それ。差別用語。だからな?」 「おうすまん。」 「俺はいいけど。他では使うなよ? 外交問題になるぞ…?」 「済まんて。口が滑った。」 「おう。」      *  銀河時代も数百年と経てば星間移動もありふれた日帰り旅行になるが。  起源の異なる三つの人類が集まってできた《リステラス銀河連盟》にはまだまだ色々と民族紛争だの人種差別だの階級闘争だの人身売買だの性交強制犯罪だのの、昏く長い歴史の傷跡は残っていたりする。  集積された遺伝子データの合成によって人為的かつ計画的に、人口の半分くらいが工場で大量生産されることによってなんとか社会規模が補完されているような、自然出生率が激減の時代になっても、いまだなお。…だ。  ヒロアキ・イダ=タカギ(和名:高木広明)と、ミロウシ・アシガラヤマ=アダシガハラ(和名:足柄山美浪士)は、「日系(おたく系)」と総称される《やまと民族総合文化保存継承財団》からの定期発注で追加生産され補充される「ほぼ純血」に近い「和種」だが。  話題のもう一人、ラウ・レ・ライ・リ・カ=ネタク=ス・グル(和名:兼高 優)は。  今どき珍しい、自由恋愛による二人の異人種間の自然性交によって精子と卵子が無作為にかけあわされて自然に受胎着床し、さらには母胎から自然出産されたという、超稀少な存在のハーフで。  さらにその母親が、なにかと興味半分の噂のタネにされる、謎の多い少数民族である。 「…まぁとにかく…、オレはさ?」  あっというまにきれいに平らげたトレーを片手に、早くも立ち去りかけながら同僚フランツ・ハインツ=アイゼンはのたまった。 「《可愛いスグルちゃんの可愛いお尻っ♪》…をほぼ毎週ありがたくお借りしている身としては、おれの心の安寧のためにも、さっさとまとまって、幸せなバカップルになってくれて、落ち着いちゃってほしいわけだよ。…うん。」  いささかならず愕然とした顔をした後、無言のまま憮然として肩をすくめるミロウシに悪い顔でニヤリと笑って、 「ヒロアーキには内緒な?」と。  言いおいて、フランツはさっさと逃げた。 「…いや、多分、…ばれてるぞ~?」  と、呟いたミロウシの声は、聞こえなかったようだ…。 2.事件発生  彼らの勤務先は観光地図では略称「森林公園」または正式名称「温帯性原生自然植相群等観賞体験野外博物館」と標記されているが、たんに観光客や学生たちへの一般公開だけを行う娯楽観賞の場ではなく。  各惑星各地方核時代における原生植相系の地上ドーム単位での再現と保全、その観察と報告と、新種の発見や絶滅危惧種の保護育成養殖放流、さらに遺伝子解析から薬学応用や商品化まで一貫して行いうる、各方面のそれぞれ優秀な人材が多数集まる総合的研究機関を兼ねた広大な複合野外施設である。  各地の原植生をそれぞれ正確にコピーして再現するとなれば当然ながら鳥や動物や昆虫や細菌も含めて面倒をみることになる。 (それらに関する専門の研究機関は近隣に点在している。)  本人自身が《リスタルラーナ古連盟》における最重要指定の絶滅危惧種だった少数民族の血をひくうえに、さらに現在のところ世界でただ一人、その民族と地球産天然日系人との混血という、一種一個体のみの特別種であるスグル(兼高 優 )が、自分の意志で選んだ仕事は。  同じ絶滅希少種たちの保護育成という、ある意味では自分で自分の生態観察記録をも付けながら暮らすような、人類史にとって重要だが地味で静かな…はずの、職業だった。  専攻はヤモリやカエルやサンショウウオにカタツムリといった、森林水場域に棲息する両生類等だ。  怪我したところを保護して治療して回復と同時に野生に…とはいってもそもそも再現合成された人工ドーム内のジオラマ公園だが…  戻してからしばらく経った藤色蝶紋ガエルの様子を調べに出かけ、ついでに他にも気になる生物や植物を調査してまわって、さあ戻ろうと思ったころには時刻はだいぶ遅くなり、天然調光のドーム森林内はすでに薄暗くなりかけていた。  人造林とはいえ規模からいえば間違いなく深いといえる森の中の一本道の谷間の隘路を通る。  いつもの慣れた職場のなかだが、今日はなんだか様子が違った。  鳥や虫が「侵入者警戒!」の緊張したコードを発している。 「……?」 と、思った時には、声をかけられていた。    * 「よーう。やっと逢えたなバニーちゃん!」 「遅かったじゃ~ん。今日この時間にここで待ってりゃ逢えるって情報、ガセかと思ったぜ~?」 (…危険!)  …と瞬時に本能で悟ったが、すでに走って逃げられるような状況ではない。  努めて、落ち着いた声を出してみた。 「…誰ですか? ここは一般開放されていないエリアです。観光客のかたは侵入禁止ですよ!」  しかし悔しいかな、語尾がふるふると情けなく震えているのが、自分でも…判る。 「かーわいい~っ♪ 声までか~わいい~っ♪♪」  無責任に囃したてる口調には、そんな相手とまともに会話する気はないという意思表示が含まれている。 「あんたがアレだろ? 頼めば誰にでも即ヤラせてくれる♪ ってぇ、あの有名な。白兎のバニーちゃん♪」 「……何の話ですか……!」  しらばくれてもムダとは思ったが、悪意ある無責任な噂を肯定してやる気もない。  兎じゃなくて《乱交猿》と揶揄されている種族とのハーフだが、《バニー》呼ばわりは「誰でもいつでも性交可能♡」を意味する地球系特定職業の特徴的な制服に自分の外見が似ているという比喩だろう。  両耳が動物のように広がって斜めに立ち上がる「耳翼」と呼ばれる形は、毛足が伸びる発情期の前後には、色の薄い長い柔毛のせいで兎のように「長い」と言えなくもない。  優は、恐怖で早鐘を打っている心臓をごまかすために必死で冷静に状況を分析した。  一体どこからどうやって森の奥まで入り込んで来たのか、襲撃者たちは十数人はいる。  若くて体格がよくて筋肉だけはむきむきでオツムは軽そうで、親のコネとか金回りだけは不自由が無さそうで、品性や知性は最底辺に下劣そうな、定番のチンピラたちである。  にやにやと下品な嗤いを浮かべ腰をゆらゆらと落ちつかなく前後に揺すっているから、地球系人種の表情や感情の機微にはいまひとつ鈍感な異星系ハーフの優にでも、その襲撃の意図は歴然としている。 「前ここで働いてたって奴からアンタの便利な《可愛いお尻♡》の噂を聞いてさ~♪」 「《可愛いスグルちゃんの可愛いお尻ぃ♡》~♪」 「すっげぇ具合がいーんだってぇ?」 「頼めば、誰でもいつでも、その場で!…やらせてくれるんだろ~?」 「あんたの文化圏だと、初対面の相手にセックス誘われて、断ったら失礼。だってぇ?」 「誰でもオッケー? おっけーおっけー♪」 「…ってことでみんなで『お願い』しに来ましたー♡」 「高かったんだぜー? ここまでの案内料~!」    * ( …知るかい!)  優は内心で絶叫した。  まただ。また、みんなに…  …広明に。  …迷惑を、かける…。  悲しくて、唇を、噛んだ。  まずいことに、この辺りの監視カメラは先日の嵐で壊れたまま、修理が済んでない。  武器か退路はないものかと、前後に散開した連中の人数と位置をざっと把握しながら、焦りを抑えて必死であたりを見回した。  舗装された道幅は作業用車両が一台通れるくらいで、この時間にここを通りかかる予定の車や人は…ない。  前後から挟みうちにされていて、突き飛ばして走りながらでは…逃げられない。  …頭上は…?  そっと見上げれば、夕焼け空のもと、上から樹冠を見下ろす形の参観学習用の空中散策路がちょうどすぐそばを通ってる。  …あそこまで、木登りして行ければ、通報用の非常電話があるはず…!  考えている間にも無遠慮に近づいてきて、勝手に腕を掴もうとしていた奴らからは咄嗟に跳びのいた。  最初の数人までなら、こんな時のために日頃から必死で鍛錬している護身術の基本通りに蹴り飛ばし殴りつけ、ぶん投げて、…放り飛ばして。  それから隙をついて小道の脇の浅い沼地を跳び越えて…樹上に!  走りぬけようとした。  その、足元に。  希少種の七色イモリが、泳いでた。  …踏んだら、潰れる…!  とっさに足の位置をずらした。  みごとに転んだ。  泥にまみれた。  げらげら、笑い声がわきあがった。 「…ど~したの~? バニーちゃーん!」 「見かけによらず強いね~! おれら驚いちゃったよ~?」  ずるりと、腕を掴まれ、泥の中からひきずり上げられ。  乾いた小道の上に押さえつけられ、  四肢を開かれて。  勝手に服をはだけられ、ベルトをはずされ、  下着を… (暴力だ! …これは…、親愛の性行為じゃなくて、  …性の…  暴力だ…!)  本当に怖くて、がたがた震えた。  もうなにも考えられず、必死で…  叫んだ。 「…た、…救けてぇェ…ッ!!」 3.問題解決  いきなり広明がダッシュで走り始めた。 「…あ? おい!?」  声をかけても、振り向きもしない。  銀河人類最速レベルの俊足ですっ飛んでいく。 「………またかよ!」  事態を覚り、ミロウシも慌てて後を追った。  前にも何度か、こんなことがあった。  優の危機に際してだけ、なぜか広明はとつぜん超能力者になる。 「…警備室! 事件らしい! 通路E57東方!」  走りながら端末を取り出し、とりあえず警備隊の応援を要請しておく。  嵐で崩れた森林内の観光用散策路の補修作業の帰り際。  機器類はすでに整備し終わって電源も切った後だったので、…よかった。  地球系人類青年男性の標準程度の速さで走って追いつくと、すでに事態は収束しつつあった。  広明が憤怒の形相で、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、侵入者どもを殴り飛ばしては一人一人の股間を蹴り上げ踏みつけて悶絶させつつ、装備品のスタンガンで手早く気絶させていく。 (…その場合、股間蹴りは、過剰防衛つうか… 余計だろ…?)  同性として、むしろ強姦未遂犯どもについ同情してしまいつつ。  個人的なつっこみを入れる度胸は、もちろんなかった。 「…ごっ …ごめんなさい…ッ! …迷惑っ かけて…っっ!!!!」  涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている優の表情が、なおいっそう可愛い。  ほぼ裸にひんむかれて、耳はしおたれて、  薄い色の柔毛におおわれた局部もシッポも…  むきだしで。  しどけなく、泥の上に座り込んで…  あられもなく服の端ヒダが手足に絡みついたままで動きを封じられているのが、  なおいっそう… エロい! (…股間、直撃だぜ…!)  ミロウシは慌ててあらぬかたへ視線を泳がせつつ。  まぁ広明が、敵の股間を執念深く撃破しているのは、単なる八つ当たりだよな?  …と、不謹慎ながら、敵さんのほうに少しばかり同情してしまった。 「…いや… おまえさんは何も悪くないだろ?  …ったく、…奴らどっから入り込みやがった…?」  とにかく股間から意識をそらそう!  やつらは犯罪者なんだ…ッ! 「…誰か…っ 案内した、やつがっ、…いるってっ、…言ってた…ッ!」  …エロっぽく哀しげに喘ぎながら、涙声で律義に報告せんでくれ…と、  ミロウシは己の理性と友情を総動員しながら、必死であらぬ方角を眺めわたす。    * 「…案内人?」 「…盗掘犯どもだよ」  急行してきた航空警備隊のエアクラフトから降り立ってきた人物がそう告げた。 「やつら、侵入者の数が多いほうがこっちの監視網を攪乱できるだろうってんで、スグルの特秘画像を餌にして、カネとって強姦ツアーの参加者を募ったらしい。」 「…ごうかん、つあぁ…!?」  なんて、嫌な響きだ。  ミロウシは顔をしかめた。 「…それにしても、どうしてスグル個人の移動経路と通過時間まで、特定できたのか…」  続く不穏な疑問詞がはらんでいる危険な示唆を嗅ぎとって、ミロウシはさらに唸った。 「…だいじょうぶか、スグル…?」  航空警備隊所属のクーリは以前からの顔馴染だ。  優の超天然媚態をまのあたりしてもびくともしないのは、タイプは違うが彼自身も同格以上の超絶的美形で、さらには長年連れ添った熟愛の相棒が隣にいるからだ。 (もっとも、その相棒のほうは慌てふためいた顔でスグルから視線と意識をそらす努力を始めたことを、ミロウシは見逃さなかった…。) 「破れてなければ、早く服を直しなさい。広明が戻ってこれなくて困っているだろう?」 「…あ! …ごっ! ごめんなさい…っ!」 「きみが謝る必要はないから。」  わたわたと服を直す優は本当っに!  可愛い…。  小動物的な悩殺級のエロ可愛さだ。  …もふりたい!  ミロウシは友情と煩悩の板挟みな泥沼にはまり、深く深く悶絶苦悩した…。    * 「…………優ッ!」  不器用な手つきでなんとか時間をかけて服を整えて溜息ついたのを、はるかかなたから目の端で見届けていたのだろう。  ようやく息をはずませて広明がものすごい勢いで慌てて遠く駆け戻ってきて、優の前に膝をついてその顔を覗きこんだ。 「…怪我はないか? やつらに何かされたか?」 「ううん… でも、怖かった…!」  眼があったとたんにぽろぽろと落ち始めた優の大粒の涙に、広明は言葉を失った。 「…あいつら、心の中が真っ暗で、ぐにゃぐにゃで。  …僕を、ばかに、してた…ッ!」  接触エンパスでもある《乱交猿》ユーヴェリーの血のほうが濃くでた優には、心理的なショックのほうが、体への暴力を受けた時よりもはるかにダメージが大きい。 「怖かったのか…! すまん! 遅くなって…!」  広明はおろおろとしながら必死で、我を抑えて、そーっと!  …優を、ハグする…。 「…からだは? なにかされたか…?」 「ううん。そっちは… 広明が、来てくれたから…。……無事。」  にこりと笑いながら見上げる、でっかいうるうるした涙目には、  全幅の、信頼の光が…。  …ぐらぁ~り…  と。  親友の理性と悟性と人間性が、そのまま三千世界の彼方へまででもすっ飛びそうになっている事態を、同情と苦笑をこめて、ミロウシは見守った。 「…侵入者どもは我々警備部で連行するから。スグルをはやく連れていってやれ。」  事情をだいたい知ってるクーリが、ぽんと力をこめて広明の肩を叩いた。 「知ってると思うがユーヴェリーは精神的外傷に弱いんだ。今夜うなされないように、早目にメンタルケアを受ける必要がある。」 「…あぁ、うん。…すぐに…!」  広明は、 (本当はお姫様だっこで! 大事に運びたい!) …という本心からの叫びを、ありありと顔に透けさせながらも、 ( …それでは途中で、自分が犯罪者になってしまう…!) …という自覚が重々あるので、くるりと背をむけて、おぶされと優に合図した。 4.事態悪化 「…っ! …あ、あのねっ! 広明! …その前にッ!」  とつぜん。  律義で礼儀正しいおりこうな優ちゃんが、まだまだエロ荒く息をはずませた涙声のまま言った。 「この前は! …も! だけど…! …ごめんなさい…っ!」 「…この前…?」  思わずつっこんだのはミロウシだ。  言われた広明はと見ればみごとに瞬間凍結している。  …身には覚えがあるらしい…。 「ぼく玄関なんかで待ち伏せしてごめんなさい!  ストーカーみたいだよね!  遅刻させちゃって、ごめんなさい!」 「…いや…! あれは…! 俺が…! …そもそも…! 俺が…ッ!」  なんとな~く、話の方向性をさとって、不幸にして居合わせた他三人が、非常にばかばかしい気分になりつつ、そっぽを向いてさりげなく距離をおいた。 「…すまん! 本当にすまん! あんな場所で、あんなことを!  それもいきなり!」 「…え? ううん…?」  きょとんと小首をかしげる優の天然ぼけな愛らしさは、ほんとに犯罪(誘発)級だ。  そっと広明の地面についた両手に、自分の掌を重ねながら…  瞳をみつめあげて、優しく微笑んで…  告げる。 「…ぼく驚いただけで。嫌じゃなかったし。  あの時なにも言えなくってごめんなさい。  ああいう時は、なにか、気のきいた褒め言葉を言わなくちゃいけないんだよね? 地球式だと。  …ぼくそういうのが、よく分らなくって。  でもあれは暴力じゃなくて優しかったし。  友達だから。でしょ…?  ぼく、広明の感情はなんかうまく読めないんだけど、いつだって、優しくしてくれるし。  だいじな友達だし。  …あの…  地球人て、ほら、  … 言葉は悪いけど、《 リーン 》以上に、『万年発情期』って体質だから…  いきなり、いつでも、ああなるから、  …時々、不便なんでしょ…?  それはちゃんと知ってるから。  ぜんぜん厭じゃなかったし。  もちろん、怒ってないし。  ぼく広明のことは大好きだから。  いつも、いまも、すっごく…  救けてもらってばっかりだし。  それなのにぜんぜん、何も、お礼もできてないし。  …だから…  いつでもぼくが必要な時は、…言ってね?  ぼく、なんだって「お手伝い」するから。  この間は、とつぜんだったから、びっくりしちゃって。  ぼく何も「お手伝い」してあげられないうちに、  広明イっちゃってたから、  ぼく、本当にそれ、…残念だったから…  広明なら、ほんと、いつでも好きなように  ぼくを『使って』くれて構わないから。  …遠慮なんかしないでね?  ね?  …ぜひ。」  広明は、…気の毒なほどに、真っ赤になって…。  黄色くなって、青くなって、…どす黒くなった。  心底、まじめに、真剣に、本気で!  惚れて…惚れすぎて、惚れぬくあまりに、手のひとつも握れないほどの、  大事な… 相手から。 「いつでも気軽に適当に、抜きたい時だけ、ダッチワイフのように、セフレに使ってね♪」  …とか、言われて… (そしてなおかつ「他のたくさんの男たちと同じように。」という意味合いで。…だ!)  嬉しい男が、はたしているだろうか…? (いや、いない…) 「…………違うッ! …違うんだ~ッ!!!!」  哭きながら拳を握って絶叫すると、広明はダッシュではるか彼方へと、  再び。  走り去っていった…。    * (あ~、ありゃ~また外構一周フルマラソン?  走り切るまで、戻って来ねーなー…。)  やはり、幼馴染の親友が。  自分にすら何も言わないまま、問題の相手に本気の本気で惚れこんでいる!  …という驚愕の事実に気がつく前まではの、ごく限定的期間のみの間柄では、あったが。  「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻♪」に、一度ならず…  どころか、かなりの回数だ。  繰り返し、繰り返し、親しくもありがたくも、お世話になった… (ほぼ自分たちはすでに交際関係だと、そのころのミロウシは勝手に思いこんでいた…) 時期があった、ミロウシとしては…  ただ困惑して、事態を見守るしか、なかった…。  …だってだ。  十代の、健全な、地球人…しかも日系で体育会系の、びんびんの性少年に!  あの可愛い、性別のない、むしろ「聖別」とでも表現したくなるような、  繊細な白毛の兎耳に、無邪気に輝く子猫のような瞳の。  美少女ではなく、美少年でもない、優しく礼儀正しい、両性具有の…  天使、から。 「もしよかったら、いつでもお相手しますよ?」なんて、  にっこり、微笑まれて…  お尻を、さしだされて…!  ありがたくも天の福音かと思わんばかりのお誘いを、断われるやつが、もしいたら。  …そのほうが、よっぽど…  ありえない。  事態というべきだった。 (…広明、くらいだろ…?)  ミロウシはため息をついて、実は内心で、うっすらと忸怩(じくじ)たるものは感じつつ。…も。 「あの… ぼく、また、なにか…  また? 失言? …しちゃった…??」  まだなにもわかっていない優の純粋な涙目が、  あまりにも…可愛すぎて。  コレ独占できるなんて、うっきうきだ~♪ 「あ~? あいつはさっき使ってた電ノコのスイッチ切り忘れたでも思い出したんだろ! ほっとけほっとけ!」  親友の突然の暴走の理由になんか、まったく思い当たりません!  と、しらばっくれて、呆れたふりを、装いつつ…。  …役得役得♪  と、  喜んで優を(もちろん広明に遠慮なんかせず「お姫様だっこ」で…!)   抱き上げて医務室まで、運んだ。 5.起源解説  《リステラス銀河》史の最初期においては中心星系から発した先史人類が存在したが、その文明の爛熟期に至って政治的かつ精神的な退化退行の病に陥り、星雲の端々まで増え広がっていた全ての植民星都市群を道ずれに、ある時を境に短期間で一気に滅びた。  《リスタルラーナ母星》にかつて遺されていた《上古文明遺跡》がその一例である。  後代において《ユヴァの猿族》と呼ばれるのは、この滅びより少し前、退廃し膿み腐れた階級身分制偏重文明に嫌気がさして都市生活を離れた、いわゆる《世捨て人》の一群であったと推測されている。  都市内人類は無気力無関心という心の病の蔓延により結果として全滅したが、もともと完全閉鎖系であった環境管理都市の滅びは、所在する惑星環境にはなんらの悪影響も及ぼさなかったため。 《ユヴァの猿族》らは脱出済みで良かったと先見の明を祝して野外生活を楽しみ、生態環境に同化して野生の動物の一種となり、文字と文明を捨て口伝と歌唱詞をもってのみ、その来歴と精神文化の機微を伝えた。  彼ら(彼女ら)はすべて両性具有種で、また一族全体がテレパス共鳴体でもあった。  例えば一人が自分の足の裏に棘が刺さったかな?と思えば、瞬時に後ろにいる同族の 「眼を借りて」自分の足の裏の様子を観て、前を向いて自分の瞳は閉じたまま、手を伸ばして精確にそれを抜き取ることができる、というような使い方がなされていた。  彼女ら自身はこの力を「共鳴し共感する力」《ニワンサー》と呼んでいた。  すべての争いを未然に防ぐことのできる、天与の力であった。    *  数万年後、別の惑星で生き残っていた上古文明の娯楽用実験体生物らの子孫が、増え広がって新たな文明を成立させた。  そして爛熟し、滅びた。  その最終戦争において惑星上の生存可能環境を壊滅させたため、新天地を求めて急造された原始的な星間移動船で旅立った者らの子孫が、数百年の深宇宙彷徨の末、辿り着き、墜落同然に落下して移住したのが、現在の《リスタルラーナ母星》であった。  そのまた子孫らが増え広がったのが現存する《リスタルラーナ文明》人類の祖である。  墜落当初は惑星上赤道付近の温暖湿潤な地域に展開していた彼らは、やがて人口増加に押されて、乾いて寒冷な高緯度地方に向けても入植開拓を進めていった。  このとき辺境において未知の《類人猿族》との接近遭遇が起こった。  じつのところ《ユヴァ》側ではむしろ新来の移住難民たちのほうを《進化途上の無学な裸猿》リーンと呼んでいたのだが。  外見としては、毛深く大柄で両手をついて四肢で歩き、野草や木の実を指で摘んで生で食べ、火や道具などは使うことなくむきだしの野原で丸まって眠る彼女らのほうが、野生動物()という概念に近かった。  《北方ユヴァの毛猿族》と《リーンの裸猿》たちは互いに警戒距離を保ちつつ、当初は平穏に過ごした。    *  《ユヴァ》は全てが両性具有体であり精神共鳴者であった。  個という概念は薄く、群体として生存していた。  その生殖活動もまた協同共鳴の行為であった。  発情期がおとずれた個体は群れの居住地の中心部とされる《まぐわいの谷》へ集まり、たまたま時期を同じくした同族すべてと繰り返し深く睦みあい、対外の精子と胎内の卵子を交換しあって、あい孕んだ。  妊娠期は数ヶ月ほどで妊孕力は安定しており死産や流産は少なく、育乳期間は十年ほどに及んだ。  産んだ母が我が子にだけ授乳するといったこだわりは一切なく、すべての親がすべての子を愛し、群れ全体として育てた。  一方で《リーン》の猿たちは辺境への入植過程において小家族単位に分断されることが多く、また慣れない異星環境での孤立した暮らしで飢餓や病に斃れることも多かった。  親に死に分かれ、また貧困のあまり捨てられることも多々あり、まだ幼い子どもがただひとり野に泣き叫ぶことが度々あった。 《ユヴァ》は憐れんで養子に迎え、抱いて温め、乳や噛み砕いた草の実を分け与えた。  この養子らは魂も種としても未熟で《精神共鳴力》を持たなかったため、ユヴァは長らく忘れていた《音言葉》を発して会話することを思い出し、自分たちが《リーン》の言葉を覚えて危険な場所や群れの決まりを教え、世話をして育ててやった。  やがて養子らは《ユヴァ》の仔よりはるかに素早く成長し、生殖可能年齢に達した。  《リーン》は雌雄に分かれた単性生殖の体をしていたが、《ユヴァ》はそうした細かい不具の問題などはあまり気にもせず、それぞれの群れの真ん中の《生殖交歓の谷》に交えてやった。  ここで問題が…静かに…  起きた。    *  《ユヴァ》の発情期は一度の出産授乳が終わるごとのほぼ十年一度の半月ほどであったが。  《リーン》の子どもはひとたび生殖年齢に達すると、数十年を経て老衰するまでの期間中、延々と果てしもなくずっと「発情期のまま」である。  牝の子どもは、まだ良かった。  妊娠すれば性欲は収まり、すくなくとも数年の間はおとなしく育児に専念するから。  しかし、牡は。  食餌と睡眠のわずかな時間のほかは、すべての労力を狂ったように性行為に費やした。  しかも《共鳴の力》を全く持たぬので、その時々の行為の相手が喜んでいるのか苦しんでいるのか、快感を分け合っているのか苦痛しか与えていないのか、まったくおかまいなしに。  自分勝手で強引な抜き差しばかりを、果てなく延々と繰り返すのみなのであった。  一方的な長時間の行為の強要に心身を痛めつけられ精神を病み死に至る者さえも出た。  一人の耐えがたい苦痛は《共鳴》し、一瞬で群体すべての苦痛となった。  いくつかの群れでははじめは牡の子どもを厳しく叱りつけ教導しようとしたが、効果がないと見切ると養子を近くの《リーン》の村へと放逐し、二度と関わらずに済むようにと群れの居住地を遠くへ移した。  また幾つかの群れでは逆に《共鳴力》があだとなり、牡の子どもの怒りに屈した。  子は傲慢にふるまい、犯して犯して犯しつくして、やがてやせ衰えて若くして死んだ。  その期間中に発情を迎えていたすべての《ユヴァ》からは《リーン》の血をひく子どもだけが生まれた。  その子どもらは毛が薄く、《共鳴》の力も弱く、しかし体格は大きく、生まれつき雌雄の別がある者と、両性具有の者とに分かれた。  《ユヴァ》は牡と牝の子どもは《リーン》の村に捨て、両性具有の子だけを連れて次第に《リーン》の居住地域から遠ざかり、やがては歴史のかなたに靄のように姿を消した。  その後。  結果として、《共鳴》の力は弱く性欲だけは人一倍強く発情期間も多く長かった、混血の子どもたちの遺伝子のみが、移住後の群れのすべての個体に優性遺伝として播種されまくり…  やがて、純血の《ユヴァ》は絶滅した。  と言われる。 6.移動経路  ここまでは宇宙有数の自然生態研究機関である惑星(ティアラ)の温帯植物園に勤める者ならば『外来種との自然交雑による原生種純血性の喪失と群れの崩壊』代表例として、誰もが熟知するところである。  …おれは高校の時に、その貴重なユーヴェリーの血をひく末裔の両性具有種の、しかもさらに希少かつ世界唯一の「地球人との自然交雑」という、国家レベルで保護育成と観察対象指定にされてる超絶希少種たる優に、  初対面でいきなりうっかり 「おまえ援交猿だよな? いくら出せばいいんだ?」 (※《乱交猿》という一般的蔑称ですらなく、まだ十五歳だった優のあまりな可愛らしさに目がくらみ、「今すぐ何がなんでも手を出したい!」と発狂したあまり、言い間違えたのだ!) …と、失言をかまして瞬時にアッパーカットを喰らって二重に悩殺された広明が科された「罰則ボランティア」のつきあいで。  当のユーヴェリー村に社会奉仕に行かされた時の、学習ビデオで知ったんだけどな~…  等と、ミロウシは必死になって真面目かつ学術的なことを考えて自分の煩悩をそらそうとか…、無駄な努力をしながら走った。  なにしろその見た目の愛くるしさと、さらにそれすら上回る天然ぼけでまっすぐ素直で親切公平な性格の神々しさのあまり、周囲の者すべてを無意識に連日悩殺しまくっている最終兵器かのじょな優ちゃんが。 「…ぅえ~ん! ミロ~!」とか涙声ですすり啼いて、 「ぼくまた広明に嫌われた~!」  …などと。  あるはずもない完全誤解のまぬけなのに本人深刻な…悲嘆にくれて。  お姫様だっこで運んでいるミロウシの首ったまにしがみつき、ぐすぐすとべそをかきながら、その可愛い頭と髪と耳の柔毛を、くりくりと、…胸に!  …こすりつけてくるのである…! ( …っ …っ …っ …股間! 直撃だ…ッ!♪) 「…おや。最短最速で来たねぇ…」  息を切らしながらようやく医務室にたどりつくと、優のGPSで位置および移動経路と所要時間をしっかり監視していたらしい担当医が、にや~り…。  と笑った。  と、言うのも優が強姦や輪姦や、そこまではいかなくても性的接触強制犯罪や未遂事件に遭うのは、けしてこれが初めてではなく。  以前には職務の一環として医務室まで急行中だったはずの救護隊員らにその途中で密室に連れ込まれて再度多重に輪姦された、なんて悲惨な事件まで、起こっているわけで。 「…ス・グールが可愛いのが悪いんだー!」とか、 「おれたちは誘惑に敗けただけだー!」とか、  泣きごとを叫びながら警察に連行されていったが。  輪姦事件の現場から手遅れで救出されて、ぼろぼろ泣いて悲嘆にくれている被害者を。  その泣いている姿が可愛かったから!という理由で、さらに寄ってたかって再輪姦する救護隊員。というのは…  本人たちが如何に情状酌量を要求しようとも、容認されてはならないだろう…。 (当然ミロウシだって奴らの二の舞を踏んだりはしたくない!)  まぁ、そんなこんなで優の身辺にはいろいろと厳重警戒が必要なのだが。 「…じゃ、優、またあとでな! おれは緊急会議にカオ出してくるから、内容は後で教えるな!」  つとめて平静を装ってにっこり笑ってただの同僚のフリだけして、かるく手を振る。 「うんありがとうミロ。…ほんとに今日は、眠るまで一緒にいてくれる…?」 「…おう。  …後でな!」 「うん。またね ♡ 」  ミロウシはそのまま担当医注視のもとでベッドに押し倒しそうになる自分を必死で抑え込み、なにくわない笑顔をたもって天使のあたまをぐしゃぐしゃ撫でると、 (ふふん判ってるんだぜ?)という顔でにやにやしている医師は無視して。  ダッシュで駆けだし。  そのまま個室に直行して、我慢の限界物件を解放してやった…。    *  まぁどうせタイムラグの理由は公然とバレているので恥ずかしくはあったが、少し遅れて会議に参加した。  優を急襲した集団は、さらにタチの悪い重犯罪である希少植物めあての盗掘団によって侵入時のカモフラージュのために運び込まれてきたという。  大半は航空警備隊の活躍によって未然に捕捉され逮捕されたが、首領級は逃げ出した。  近日再犯される危険性が極めて高い。  この「植物園」には、麻薬も毒薬も絶滅危惧種も…いろいろ満載で。  世の中には、どんな悪党にだろうが天井知らずの大金を払ってでも「珍しいものを手に入れたい!」という偏執的コレクターというものが絶えたこともないわけで…。  とりあえず、先日の嵐で壊れたまま放置されていた外構の監視カメラ網には緊急予算がついて、最速で修理と増設が行なわれることが決まった。  そのため外部から業者応援も頼むことになり、その臨時スタッフが作業中うっかり希少種を傷つけたり、実は盗掘犯の一味であったりということがないよう、内部の熟練スタッフが各チームの作業監視についてまわる。  近隣他園との連携もとりあって、喫緊で作業スケジュールの変更とシフト追加と配置先などの細かく現実的な伝達事項が云々と…  まぁ基本が実は「優の保護対策要員」として採用されている部分が強い自分と広明には直接あまり関係ない異動の話を片耳で聴いてメモだけとりながら。  ミロウシは今夜の甘く恐ろしい拷問?の時間を想って、ひたすらそわそわしていた。    *  優に対して大失言をかまして注意罰則を喰らったはずの広明と、好奇心半分のつきそいで行っただけの自分は。  そのユーヴェリーの保護居留地を訪問した際になぜか「無害」判定のお墨付きを頂戴してしまった。  彼女(彼)らは基本全員が接触エンパスなので。  表向きの言葉の粗さや行動の不器用さはどうあれ。  それが悪意や無知や傲慢の罪によるものなのか、はたまた悪気は全くなくて、ただの大ぼけ失言野郎に過ぎないのか…  …「触ってみれば、」解る。というのだ…。  自分も広明も、地球系人類の十代後半青少年の普通に健全な性欲に暴走することはあっても。  けして悪意で、他人を性的に傷つけて平気、むしろ快楽犯罪♪  というたぐいの人間では、ないと…。  ありがたくも、お墨付きを頂戴してしまい。  広明は土下座せんばかりの勢いで優に失言を謝りたおし、もちろんすぐに赦してもらえて。 (逆にアッパーカットの件を平謝りに謝り返され。)  父方は同じ「地球産日系人」という文化的背景を共有していたこともあり…  個人的にも、すぐに和解して、すっかり仲良くなってしまい…。  周辺からも認知されて、ボランティアとしても、職務としても、「護衛」的な役割を、 期待され、与えられてしまい…  それでも。  ミロウシは一時は誘惑にかられて性的な関係を、幾度も。持ってしまったのだが。  広明は、それに気がついた後ですら、絶対に、自分はそうしようとは…  しなかった。  あくまでも、「保護者」に徹しようと…ひたすら…  無駄にも思える努力を、していた… 7.密室殺人 「…わぁいミロ! ほんとに来てくれたー♪」 「おうよ。約束したじゃんよ!」 「忙しいのにごめんねー! ありがとうー!」  深夜に私室を訪問すれば、見慣れたドアを開けたとたんに笑み崩れてにこにこと、心の底から嬉しそうに抱きついてきて安心した顔を見せてくれる優。  それを気安くハグすれば、ミロウシの決心なぞ、すぐに揺らぎそうになるのだが… 「自分はもう、絶対になにもしない。」  そう広明に誓った。  信じているかどうかは、知らない。  優が、地球人における生殖目的以外のセックスという行為の意味を、  すべからく勘違いというか誤解したままで、いるかぎりは…  …だ。 「ぼく本当にひとりで眠るのって苦手なんだよ。特に嫌なことがあった日にはさ。」 「おう知ってる。」  ユーヴェリーは基本が群れて暮らす生物だ。 「猫だんご」状態になって密集して眠るのがスタンダードだ。 「でも他の人に『今夜は一緒にいてくれる?』ってお願いすると、お喋りとかしてるうちに何だか色々と脱線して、『手首の体操』とか『眠る前の軽い運動』とかが始まっちゃって…  なぜだか、睡眠時間が短くなっちゃうことが多くて。  かえって疲れたりするし。相手の人たちも何故だか寝不足になっちゃうみたいだし…  みんな忙しいのに、ぼくの都合でそんなにしょっちゅう添い寝を頼んでたら、悪いでしょ?  だからなるべく沢山の人に交代で、平均して公平に、 『お願い』するようにしてるんだけど…」  …いや…。 (『手首の体操』とか『眠る前の軽い運動』とやらが付くのは、そもそも  『添い寝』と違う…!) 「でもミロと広明だけは本当にただ一緒に眠ってくれるから、たっぷり休めて、大好きー!」  …もう着替えも歯磨きも明日の仕度もきちんと済ませて瞳をきらきらさせながら、わくわくして待っていたらしい優はぐいぐいとミロウシの手をひいて、 ベッドへ一直線だ。  …おいちょっと待て…。 「…広明にも? …頼んだこと、あるのか?」 「…うーん… 時々ね…?」  おい聞いてないぞ…? 「ほんとに添い寝だけしたのか?」 「…ううん? それは嫌なんだって。ミロ以外の誰かと一緒だと眠れない体質なんだって。  そんで、ぼくが眠るまで枕元にいてくれて、たくさんお話して、手ぇ握っててくれたよ?」 「…ほーう。」  まったく健気なやっちゃ…。 「じゃあおれは絵本でも読んでやろうか?」 「…ぼく子どもなわけじゃないから!」  ぶんむくれた優の、可愛いこと可愛いこと…!  ミロウシはおもわず抱きしめた。  …ベッドのなかで。  一緒に並んで、  …横に、ぴったりと、寄り添い、ながら…! 「…ミロ?」  ひたいに口づけて。  …ほっぺたに口づけて。  誤解は、させないように…。  背中に腕をまわして、当然ながらすでに危ないおのれの股間は  けして当らないよう、姿勢に気をつけて。  安心させるように足先だけ、搦めて。  優は(微弱ながら)ユーヴェリーの特徴たる接触エンパスの能力は、あるから。  ミロウシが欲情していることは、分かる。  そしてそれ以上に、大きな親愛の情があるから、性的行為に及ばない。  という、  地球人にしては超絶矛盾した(と優は思っている)  論理の説明については、  あまりよく理解できているとは…思えないが。 「…ありがと。ミロ。」  ぴったりと胸に寄り添われるのは、ほんとに冷や汗ものの…  拷問なのだが。  その地球人の「変な」やせ我慢と、  払われる自己犠牲的な多大なエネルギーの量は…  ユーヴェリーにとっては「面白い」ものらしい。  くすくすと、本当に幸せそうに、嬉しそうに、目の前に横たわるミロウシを見つめて、笑いながら…  やはり今日のことで精神的に疲れていたらしい優は、すぐに目を閉じ。  すぅすぅと規則正しい寝息をたてはじめた。    *  まぁちょっと、それからその、色々…。  眠っている優の唇に口づけたり。  ついでにちょっとだけと…  結局かなり…  舐めてしまって…  みたり。  こっそりと、ゆっくりと、唇をこじ開けて、舌まで…  ちょっとだけ…ちょっとだけだ…  けっきょく深く…搦めて…、  舐めて…吸って…して…  みたり。  背中の性感帯でもあるユーヴェリーの特徴の白い柔毛の縞々のしげみを…  起こさないようにと気をつけながらだ…  すこしばかり…すこしだけだ…  撫でて撫でて…  して、みたり。  発情期ではないのでひっそりと閉じたままの  前がわの生殖孔の割れ目のしげみも。  こっそり…触って…撫でて…  して…  みたり。  指でそぉっと…細くかたいすきまに割り入れて。  温く乾いている奥まで…  そぉっと!  そぉっと、だ…!  触って…  みたり。  うしろのおしりの穴のまわりも…  起こさないようにそっとだ! そっと…  指で、愛しんで…  いつくしんで…  なでなでと。  涙が出てくるぐらいに愛しい。  …起こしたい。  入れたい…  抱きたい!  でも… けして、  しない…。  うっかり鼻を鳴らしてぐずったりして、優の安眠を妨害は…  しないように。  色々と、最低限の自制だけは、総動員。しながら…  けっきょく…  いろいろ…  かなり。  …熟睡している相手に、無断で行うにしては、  犯罪に近い、レベルまで…  おさわり、しまくって… しまったが。  …まぁ…、  挿れなかった。  んだから。  赦せ、広明… 8.新案特許  とりあえず自分で抜いて、落ち着いて、手と顔をばしゃばしゃ何度も…  洗って。  なにくわぬ人畜無害そうな表情を、ちゃんととり繕えているかどうかを、  鏡でよくよく点検して、  …深呼吸してから。  携帯で広明を叩き起こして、今すぐ来い!  と呼びつけた。  ダッシュで飛んで来た。 (どうせ眠れてなかった。…よな?) 「おう、おれの理性が限界だ。こいつ夜中にうなされそうで心配だからさ。あと頼む」 「…………おう。わかった。」  固まった表情で短く返事をしたのは、自分の理性のほうがよっぽど信用ならないと広明は自分で思っている。  せいだが。 ( …その理性とやら、さっさと捨てちまえよ? まったく…!)    *  翌朝。  にこにこと、とても嬉しそうな優のうしろから、一緒に食堂に現われた広明を目にした 一瞬だけは、 「おぉっ? ついにまとまったかっ?」…と。  さりげな~く、気にして、ひたすらそわそわしていた『交代で添い寝』要員ご指名な『体の関係者』十数名様たちは、内心どよめいてもみたのだが。  嬉しそうなのは優だけで、広明のほうはいつもと同じ、少し困ったような笑みを浮かべた超!寝不足のしょぼ目でエスコートしていたので、 「…な~んだ…」と嘆息しつつ。  実は安堵に胸をなでおろしている自分たちの本音に。  内心の後ろめたさも味わう。  当の優はそんなカラダの関係者各位の胸の裡になど、まったく気がついていなかった。 (あくまでも彼はテレパスでなく、無制限エンパスでもなく。 「接触エンパス」なので…。) 「…おはよー! ミロウシー!」 「おう。おはようさん。」 「起きたらミロじゃなくて広明がいたからびっくりしたー!」 「サプライズだったろ?」 「うん嬉しかったの! ありがとう~!」  まぁ朝一番から首ったまにかじりついてハグしてくれての両頬に素早く感謝のキス♪ とかいう役得に与かったのは、一応、労が報われた。  と思っておくべきか…?  ミロウシは広明の寝不足の顔は斜めに眺めてとりあえず無視して、今朝の定食は七番がおまえの好きそうなメニューだったが売り切れも早そうだったから急いで行ってこい!と 優に教える。 「うんありがとう! 広明のも買ってくるね! 同じでいい?」 「あぁ。頼む。」 「うん!」  駆けだしていく優たんの、よく動くあんよとお尻がとっても可愛らしいな~?  ゆうべは惜しいことをしたな~。  …とかミロウシはぼんやり考える。  その隣に、無言のまま、どさっと広明が腰をおろした。 「…どうよ?」 「いや? どうも?」  なにしろ同じ新生児育成施設でほぼ同じ銘柄の遺伝子ロットの掛け合わせで受精されて隣の孵卵器から同日同時刻に産み出されて同じ授乳施設の隣の保育器で育ち。  同じ養育施設の同室で暮らして誰よりも長くずっと一緒に過ごして。  その後もなぜか縁があって馬が合って小中高大のすべての学生時代とついには職場まで 一緒に採用された。  もし仮に自然出産で生まれた子どもだったら「二卵性の双子」と言ってもいいくらい、濃いつきあいの二人だ。  会話は、とことん短い。 「さっさとハーレム解散させろよー!」 「やだ。」 「変だろオマエの考え方」 「変じゃねーよ。」 「う~ん…★」  広明は、唯一無二の恋人として選ばれて、結ばれるのでなければ、意地でも優と安易なセックスだけはしたくない。と言い張り。  優は。  ひとりで眠るのが苦手だからと、手あたり次第に「友人を」ベッドに呼び込む。  呼ばれた「友人」は当然のごとくベッドで優に「友人以上の」行為と好意を求める。  …でも実は、優だって「広明が一番特別に大好き!」なんじゃん!  …と。すぐに、気がつく。 (なんでって、優の話題は少なくとも五分に一回以上は「広明が」「広明に」「広明の」…に、戻っていくから。だ…!)  そこでモメて優に嫌われて追い出されて終わる場合と、甘んじて「セックスも」させてもらえる「お友達♪」な関係に落ち着くかどうか…で、  立ち位置が天地に別れる。 (…やっぱり、変だろ…??)  今や職場寮内で公然と「優のハーレム」と呼ばれる「友人」集団は、う~んと唸る。 (さっさと普通にくっつけよ~ッ!)と、  みな、思うのだが。  それでも優の「添い寝」に呼ばれれば。 「なにも手を出さずにただ一緒に眠る」なんて芸当は。  少なくともそう皆に宣言して、自分を追い込んでしまった広明とミロウシ以外には…  無理だった。    *  だけどその朝の優はとてもとても嬉しそうだった。  他の誰と一緒の「添い寝」の情事の後で食堂に出てくる時よりも、瞳の輝きがだんぜん違った。  …なんなら、いつもこの手で行くか…?  と、ミロウシは真剣に検討してみた。  いつも眠る前には、おれが行って寝かしつけてやって。 (…まぁちょっと触る…以外は…! 何もせずに!)  広明に、その間に先に最低限の睡眠時間は確保させてやって。  朝、起きる時に、優の枕元に待機させといて、やれば…。  お互いの想いの深さのあまりにみごとに空回りして、すれ違いまくっては悲しんでいる相思相愛の、人間同士に。  これ以上、淋しく虚しい(…そして周囲の迷惑な!)毎日を、過ごさせずに済むように …と。  まぁちょっと「添い寝」に呼ばれるのを愉しみにしている連中には、気の毒かもしれないが…  やはり、今の状況をこのまま放置するのは、優のからだと心に…  よくない。  …夕飯の時、二人に提案してみよう。と…  思っている最中に。  朝礼で、その事変は、起きた。
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