第3章  天使と魔天使

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第3章  天使と魔天使

 そんなこんなで寝不足続きの朝。  まだ半べそだが、ミロウシの懸命な御機嫌とりが功を奏して少しだが朝食も食べ、だいぶ落ち着いてきた優に。  突然、すっかり忘れていた災厄が、襲い掛かった。 「…スグルッ! 逢いたかったッ…!」 「…アーリー!? ……どうして…?!」 「おいおい。寮食堂は部外者立入禁止だぜ?」  即座にツッコミを入れたのは、不在の広明の代理で(優が淋しがらないようにと、慰め要員としてミロウシに招請されて)同席していた『カラダの関係者』フランツで。 「失礼なっ!ボクのどこが部外者っ?」  即座に返された鋭い声の反論に対して、 「部外者だろうが…」  と、嫌そう~に応えたのが、ミロウシだ。 「…アーリ、もう検疫は終ったの?」 「無事! もう完全終息!」 「よかった~!」 「うんうん! これでまた毎日きみに逢いに来れるよ~!」 「ワニさんたち、死者が出ないで済んで良かったね!」  …いつものことだが、微妙に会話が、噛みあっていない…。  ミロウシはため息をついた。  闖入者の名前はアーリー・ドラグーン=ライズナー。 (和名:龍禅院 愛梨)。  車で十五分ほどの距離の姉妹施設である《熱帯雨林動植物公園》で、ワニやイグアナやトカゲや陸ガメなどのゴツゴツした連中の飼育と生態研究に従事している。  不幸にして不注意な観光客が持ち込んだ致死性の汎蜥蜴インフルエンザ感染が蔓延したため、徹底的な隔離防疫体制が敷かれて半年ほど多忙を極め。 「絶対ウイルスを持ち込んでくれるな!」と温帯植物園側への出入りは厳に禁じられていたのだが。  優にとっては高校から一緒の、寮でも同室だった同級生で。  それまではユーヴェリーだけの隔離寒村に居たので、初めて親しく接した外界人、という存在でもある。  半分の血が日系地球人というのもこの二人の共通点だが、アーリーの父親はリステラズ銀河連盟内では《第三勢力》とも呼ばれる少数派のジースト星系人。  しかもこれまた《セックス・ヴァンパイア》と異名をとる、非常に特殊な少数民族だ。  連盟政府としては、この問題児二人をまとめて同じ学校の同じ寮の同じ部屋に押し込んでおけば、保護と監視の体制に要する費用と人員がひとまとめで済んでラクだ。  …という考えがあったであろうことは、絶対に間違いない。  そして優の脳内における地球人の性行為に関する概念というか観念というか風俗習慣に対する理解を、根本から徹底的に、おかしな方向へと、変に歪めて教えこんでしまってくれやがった元凶でも、あった。    * 「ぼくがいないあいだ、だれと寝てたの? 淋しかったでしょ?」 「だいじょうぶだよー! みんなに交代で添い寝してもらってたから!」 「…添い寝?」  ぴくっと声がひきつった。  強引に抱きしめてキスの雨を降らせていたのを中断し、さっと手を離す。 「…みんな…  に、交代で…??」  もうそれだけで怖いが。  皮膚が直接触れあっていない時の、接触エンパスの優は、とことん相手の感情に、鈍い… 「うんそう! 交代で面倒みてもらってたの!  だからぜんぜん淋しくなかったよ!」 「…へぇ、そう…。」  ぐるりと眼光鋭く周囲をみわたす怒りの堕天使。  フランツをはじめとして周辺の席にさりげなさを装って点在していた十数名の「ハーレム要員」が慌てて視線をそらし、無駄なごまかしを図る。 (…アンタと広明は?)  という意味合いでぎろりと睨んでくるので、 (してないッ!)  ミロウシは慌ててぶんぶんと首を振った… 「それは…みんなに面倒みてもらえて… 良かったね、優…?」  にっこり笑って、その手を、やや強引にひきよせて、立たせた。 「でもね… そういうのは、『淋しかった!』って…、言うんだよ…?」 「…え、そう…?」 「そうだよ! …だって半年も! ボクたち、逢えてなかったんだよ…ッ?」 「え。うん。そう…? だね…??」 「ボクこれからはまたうんと毎日たくさん慰めてあげるから! ね?」 「えっ? アーリ? …どこ行くのっ?」 「まだ朝礼まで二時間もあるでしょう?」 「でもぼく今のうちに提出レポート書かないと…!」 「あとで手伝ってあげるから…!」  なにかわあきゃあと言い合いながらも、けっきょく優は自分の部屋へのベッドへと強引に連れられていく。 「半年も逢えなかった!」優をあいてに、私室に連れ込んで「あと二時間も!」ある間に何をしようかという意図は明白過ぎたが。  ミロウシはあえて制止はしなかった。  フランツが、おそるおそるでお伺いをたてた。 「…いいのか? あれは…?」 「…しようがないだろう…?」 「だってアレってさ… 昨日の広明とパメラの関係と、どう違うんだよ…?」 「…本人が… 解っててきっぱり断ってるか…、  よく分らないままずるずる引きずられてるか… の、違い?」 「…だよなぁ…。」  居合わせたカラダの関係者全員は、がっくりと肩を落とした。  ある意味、この半年間の彼らの役得は、まだ高校生だった頃の優に、アーリが意図的にというか、ほぼ確信犯で、地球人の性的モラルに関する大変な誤解を植えつけたまま、正しい忠告には耳を塞いで、育てあげてしまったおかげ。 なのだった…。 2.天使陥落 「あッ! …い、…痛いよっ、アーリ…ッ!」  ベッドに乱暴に放り投げられ、唐突に首筋をがぶりと噛まれて、優は悲鳴をあげた。 「…こ、こわいよッ、アーリ!」 「…怖くなんか、…ないでしょ…?」  縦に割れた金色の瞳の奥の漆黒の闇が、正面から深く覗き込んでくる。 「…あぁッ…!?」 「…すぐに、よくしてあげるから…!」  優はぞくぞくと、馴れすぎてしまった陶酔と酩酊に、脳の奥が犯されるのを感じた。  アーリは《セックス・ヴァンパイア》と呼ばれる種族とのハーフだ。  脳に直接(性の快楽)信号を、テレパスで送りつけてくるのだ。  すぐに体が自分の意思では動かせなくなり。  びくびく、ぴくり!  …と痙攣が蟻走した。 「………ぁあ…ッ!」  腰が浮く。  背中がのけぞる。  うまく、息ができない…  眼がくらむ…!! 「…だめだよ、優?  ほかのやつらになんか、ボクの代わりは、務まらないでしょう?」 「…ち、ちが…っ!」 「…全然、もの足りなかった。…でしょう…?」 「…ぅ、ぅうん…ッ! こ、こんなこと…!  …してないもの…ッ!」  かってな動きでみずから四肢を… おおきく、ひらいてしまって…  浮き上がった、腰が…  揺れる…ッッッ 「…してない? …の…??」 「アーリみたいに… ぼくの脳をいじったりなんか… できないもの。  誰も…ッ!」  苦しくて、のたうつ。 「そうだよねぇ…?」 「…やめて…! やめて…ッ!」  優は、叫んだ。 「みんな…は、友だち…っ!  ちょっと… 触ったり… 舐めたり…っ!」 「…へぇ?」 「ぼくのおしりの中にカラダ入れて…!  こすったり出したりしたら、地球人はッ! 気持ちいって言うから…!  …使わして、…あげたり…っ」 「…ふ~ん…?」  アーリは、鼻で嗤った。 「…きみ、ほんっとーに… なんっにも、解ってないままだ…♡」 「えぇ…?」  脳に叩きこむ強制信号の力加減を強くする。 「ぁあ…ッ! いゃぁぁぁぁッ!」 「…天使ちゃん…♪ …そのままで、いいよ…?」  ずぶりと。  いきなり。 「…ひッ! …ぁあぁ…ッ!  …痛い! …痛いよッ?…!!!!」 「…そう…?」  アーリは、嗤う。 「ぼくは、気持ちいいけど…?  きみの中。  まだ、狭くて…」 「…そんな…! …ぁぁぁ! 痛いッ…!」  優の両眼からは涙が溢れ、苦痛のあまり叫んだ。 「いや! 動かないでッ!  …まだ…ッ!!!!!」  にやり。  悪魔は、笑んで。  ひくつく狭い場所が、苦痛に悶えて…  締め付けてくる、快感を。  すぐるの痛苦の悲鳴と蠢きを。  嗜虐して悦楽している、自分の歪んだ陶酔の感覚を…  接触エンパスのすぐるの、やわはだに…  こすりつけ。粘りつかせて。  感染。  させる…! 「…! あ! …ぁぁぁぁぁぁああああああ…ッ! 嫌ぁァァぁァぁッ!」 「…すごく… 佳いよ? すぐるの…なか。…熱くて…!」 「いやぁぁぁぁぁあああああッ!」  そして。 「……あッ! …あぁぁぁぁぁぁぁあああ…………ッ!!!!??」  脳が…灼ける…!  陥ちる…!!!!    * 「スグル…」 「あぁぁぁっぁああっ」 「スグル…」 「…だ、だめぇっ…! …っ!!!!!!」 「…好きだよ…」 「…や! ぃや! …ゃ、…め、…て、…ぇぇぇぇぇええっ …ッ!」  泣きじゃくる優の、狭い愛所を。  攻めて…  責めて…  えぐって…!  脳を。  ぎりぎりと…  犯し…  染めあげる…! 「…きみも、ボクが、…好きでしょ…?」 「あぁ…っ アーリぃ…ぃぃぃッッッ!!!!」 「一番…大好き。でしょう…?」 「あぁぁぁ!ッ!…~りぃぃー…ッ!!!! …ッッ!!」  本来、発情期ではないハーフ・ユーヴェリーの優には。  性的快感だの、絶頂感だのは、…無い。  …それなのに。  脳の、なかから…!  溢れて…!  爆発して…!  溺れて…!!!!!  搦め、奪られて…ッッ!!  白く、白く、燃え! つきて…!  もだえて。  悶えて…。  もだえて…!  仮の、幻の。  苦痛と、  快楽。  に…  …にじかん…。  優は、翻弄。  され、  つくし…  た…。 3.堕天と昇天  泣きはらして真っ赤に腫れたうさぎの瞳と、  啼き叫び、すぎて、  かすれてしまった…声。  すこしむくんで。  むしろいつもの無邪気なかわいらしさは無惨に損なわれた容貌に、  よろよろと、よろめく細い腰の…  あぶなげにからむあしどり。  いっそ壮絶すぎるほどのしたたるえろけまんさいで。  つい今の今まで何をして、されて。  されつくしてきたのかなんて…  だれにでも、ひとめでわかる。  それでも定刻五分前にはなんとか野外業務用の装備服一式を整えて、きちんと。  朝礼会場の中央フロアに集合しているところが…  感心といえば感心だが。  乱れがありありとのこる風情が時間ぎりぎりに濡れそぼった情事の痕跡も洗い流せぬままに慌てて出てきてさらにその途中にも色々と触られたりめくられたりせっかく着込んだところをまた脱がされかけたりキス痕を増やされたりと敵に妨害されまくりながらなんとかむりやり出て来ましたという状況が、  あらわに観てとれる。  めったに見られない優の心底うちのめされて萎れた泣き姿という希少な眺めの。  あまりな可哀想さと、破滅的に壮絶な色気と、濃密な、湿度に…  周辺にいたカラダの関係者一同は心の底から叫んだ。 (……いっそのこと休ませてやれよ……!)  しかし意地でもちゃんと出勤すると言い張ったのは優のほうにまちがいなく。  そしてそうでもなければむしろ二人して一日中ベッドにこもって一方的SM拷問ごっこに終始させられるという深甚な被害に遭っていただろうことも、想像に難くなく。  少し離れた場所ですでに仕事の打ち合わせに入っていたミロウシは、それを横目に眺めてぎりぎりと歯噛みした。  今日いまこの場に広明がいなかったことは、良かったのか悪かったのか…  カップル間レイプはあくまでも親告罪だから。  優がはっきり「嫌だ」と意思表示して行動にうつさないかぎり、かぎりなくDVに近い性行為の強要だったとしても、周りはどうにもできない。 「…………ッ アーリのばかぁぁぁぁっ!」  小声で悪態をつきながら口喧嘩を交わしていたその声が思わず大きくなったらしい。 「きみが意地をはるのが悪いんじゃないか!」  それでも肩をかし細腰を抱いて連れてきてやっていたアーリーが、どさんと乱暴に壁際のベンチに優を投げ出す。 「あ…ッ 痛ッ…!」  ほんとうに辛そうにからだをふたつに折った。  …いやもうミロウシだって他の添い寝要員全員だって、もはやガマンの限界なのだが。 「とにかくもうボクがここにいる間は他のセフレになんか指一本触れさせないからね!」  基本は「夫の留守中の浮気三昧を責められる妻」という構図なので、ここで『寝とった側』一同がへたに止めに入ったりしようものなら痴話げんかが修羅場に発展してしまう。 「だからっ、…みんなとは、そんなんじゃないのにぃぃ…っ!」  そんな優の無意識のセリフも、出来うるならば自分こそが天使の本命になりたいと、こっそり思いを募らせてはいる『カラダの関係者』連には、なかなか痛かった…。    *  朝っぱらから職場内で交わされるには大変不穏当な内容の会話ではあったが、フロア中が聞き耳を立てるさなかに筒抜けだった騒ぎは華麗に無視して、所長は壇上に立って朝礼開始を告げた。  隣接する姉妹施設とはいえ入館証などは別途管理になっている熱帯雨林動植物園に勤務するアーリーが堂々と、優に招かれもしないうちから職員寮の食堂に入りこむことができた理由は。  まぁ誰にだって大体の推測はできていたが、きちんとここで説明が、なされた。  要するに昨夜の騒ぎで、パメラが以前から「欠員待ち」希望で採用担当者に提出していた就職資料のかなりの部分が都合よく改竄されまくっていたことが判明し。  緊急で精査しなおした結果、最近採用された新人や採用予定候補だったリストのなかには、再度警察や専門家の保安チェックを要請したほうが安全だろうという、謎の人物が複数いる。という事態になった。  希少植物の盗掘対策として強化が急がれる監視カメラの設置工事に、すでに盗掘団の手先が潜り込んでいたのでは、シャレにならない。  うかつに新人を増やせない。  しかし工事は急ぎたい。  悪天候が続いて、ただでさえ作業スケジュールは、遅れる一方である…。  そこでウィルス感染騒ぎが一応終息はしたものの、まだ当分観光客数の復旧は見込めず、一時的に暇のできた熱帯雨林公園から急遽人員を借りて来た。という成り行きだ。  予定された検疫期間を半月近く繰り上げて、徹底的に殺菌消毒してからの来訪なので、もとの宿舎と気軽に往復させるわけにもいかない。  よって当分の間、こちらの職員寮の空き室に仮入居することになる。 「…! …ぅえぇん…っ!」  ひたすらうきうきと嬉しそうなアーリーの、隣で。  恋人関係だと一方的に宣言されて以来ずっと困惑し続けている優は。  哀しげな、泣き声をもらした。    *  ちなみに盗掘団の目的も、捕えられたパメラ達の自白から判明していた。  空間スクリーンに大きく映し出された問題のブツを見た瞬間フロア中に失笑がもれる。  小さく丸い二つの球体が並んだ真ん中から塔状の勃起…いや突起が。  にょきっと突き出した上に割れ目のあいた唇のような形のカサが載っている。  毒々しい色彩のキノコだ。  女性である所長はとても嫌そうな顔でそれをちらりと眺め上げ、ごほんと咳払いした。 「知ってる者も多いと思うが地球人華僑系から昇天茸と呼ばれている薬物キノコだ。主な薬効は回春作用。つまり老人性勃起不全症候群の治療薬として管理栽培され医療用の認可がおりているものが主流だが。野生種のほうがはるかに薬効が高いと裏ルートで変な噂が広がって、超のつく高値で取引されるようになったらしい。  これを狙っての今回の侵入事件発生というところまでが現在判明している事実だ。」  くすくす笑いと困惑した悲鳴が洩れるフロア内の一瞬の空隙に、 「…ぼっきふぜんしょうこうぐん…? …って、何だっけ…?」  優のぼけが響いた。 「…すくなくとも、ボクには必要のないものだねぇ…?」  アーリーのしらっとしたボケ返しに、周辺一同、反応に窮した。 4.淫魔史  《リス+テラ+ズ=銀河連盟》の第三勢力とも呼ばれる通称(ジースト圏)の旧国名は《ジレイシャ・アンガヴァス星間二重帝国》という。  近接した二連惑星のそれぞれから進化した二種の人類のうち現在の総人口の約三分の一を占めるのが《ジースト・ゼネッタ》と総称されるESP能力保持者民族で。  激烈な対立関係にある非ESP民族(アンガヴァサ)との間で何千年もの壮絶な権力闘争を繰り返してきた。  支配と被支配の下剋上どんでん返しの繰り返しがそのまま歴史年表という国柄だ。  つい最近まで数百年にわたって《アンガヴァス》が技術軍事力を背景に強固な支配体制を築き、《ゼネッタ》を奴隷として虐待し酷使していた。  抑波投網や光撃銃の力でESP能力の発動を遠くから阻止して気絶させ捕縛した上で、脳と心臓に殺傷用の支配端末を埋め込んでさらに徹底的に拷問し、洗脳し脅しつけてから服従を誓わせる。  逃げ出して逆らえば潜伏場所を探し出して小型爆弾を用いて無関係な周辺住民をも無慈悲に巻き添えにして、街区や集落ごとまるっと殲滅しまくる。  そんな苦難の時代を乗り越えて、百年すこし前にゼネッタらが一斉蜂起して革命を起こし隷属の立場から脱した。  当時はまだ《リスタルラーナ+地球》二国間の《友好通商協定》であった《合同会議》が、革命に続いて即座に起こったゼネラによるアンガヴァサへの一方的かつ過激で嗜虐的な復讐快楽のための大量殺人(民族「浄化」殲滅戦)の悲惨さを見かねて。  史上初にして今のところ唯一無二の事例であった連携軍事作戦を発動した。  惑星揚陸強襲艦隊を大量出撃させて当時のジーストの《革命臨時政府》を脅し、強制的に無血で「浄化殲滅」を停戦せしめた。  現在は一応「両民族の惑星すみわけ」による危うい停戦関係の上で両民族が平和的に?共存していて、ほぼ無理矢理に《リス+テラ+ズ銀河条約》に批准させられて共通法規には強制的に従わされる立場の被監視下にある属国。  という形になっている。  あくまでも《連盟》としては民族間の平和的調停だけが目的で、停戦状態を保たせるという以外の各惑星政府の内務にまでは干渉しないし徴税も徴兵もしてはいないのだが。  かつての革命政府の主導層の子孫らの中には、現体制を「《アンガヴァス》に《リステラズ》がとって代わっただけじゃないか!」と憤り、不満を募らせている者も、多い。    *  《セックス・ヴァンパイア》と地球文化圏で俗称される特殊な少数民族の本来の名称は《ジャゼズ・ジュデズィイーア・ディ=ゾゥダ》が一般的である。 (地域年代や階層職能所属民族ごとに微妙に蔑称か尊称か等ニュアンスと音が異なる)。  彼らは被支配層であるESP系能力者でありながら、《アンガヴァサ》側の帝国後宮の奥深くに暗躍棲息し、みずから《真の支配者》または《裏面内奥の神族》等と自尊し高い矜持を保ってきた少数派閥であった。  元々は、むりやり捕縛され奴隷化された《野生のジースタ》族の中から、若くて見目がよく怯懦で従順な者が選ばれて性の玩具として強姦調教され、やがては商人層から支配者層への定番の賄賂がわりに献納された習俗から始まる。  奢侈と自堕落に溺れた帝国支配層の女たちは皇后や正妃となってもなお「美容に悪い」という理由で妊娠出産を厭う者が多かった。妊孕力の強い代理妾を多く擁すことで皇帝の御機嫌をとり、寵のみを保って贅をつくした美食と美酒と権力闘争にあけくれる暮らしを好んだ。  その皇帝への朝貢物としても性玩具(ジェジュア)が後宮に納められるようになった。  男女ともに眉目の優れた者は皇帝や支配層の性玩具として仕え侍ったが、后妃ら後宮の女たちがこっそりと少年や青年の《ジェジュアタ》をみずからの孕み穴に銜えこみ、耽溺して子をなす事例も多く起こった。  ジェジュアやジェジュアタは帝国貴族らより生命力が強く、よく孕み孕ませ、また頻繁に産んだ。  しかし《穢れた血》のため帝位や家督を継ぐことはけしてなく、日陰者の私生児として使用人の一部とみなされて育った。  このジェジュアらが代を重ねるにつれて後宮内での暗黙の派閥を形成して重職を占め、不要となった下層の肉体労働用の念動力の代わりに、性玩具として使役される際に使用者の脳に直接干渉作用をおこなう、疑似的強制接触テレパスの力を開花させるに至った。  現代におけるESP規制法の分類定義から言えば、正確には精神感応ではなく、あくまでも「脳の一部に物理化学的かつ電波的に介入して快楽中枢を刺激し、性的興奮を惹起し、または性感覚を強化する」という。  念動力による微細再生医療技術の一環とみなされているが。 「強烈な性的快楽を与えて反復体験させることで心理的に依存させ支配する」 能力は、後宮において皇帝や后妃や廷臣らの権力闘争に用いるに、これ以上の技術はなかった。  こうして表向きは絶対下層賤民にして奉仕者であるはずのジェジュアらは。帝国後宮内の奥深くにおいて代々の地位を保ち、蜘蛛の巣のように権勢支配の網を全国の役人階層へまでも及ぼしていた。    *  そこへ起きた、ゼネッタ革命である。  彼らは、能力者という意味では《ゼネッタ》側であるはずだったが、保身と権勢を選んで革命の弾圧に奔走していた高位の者らは、即座に惨殺の対象とされた。  下位の者らはまず強姦され輪姦され凌辱され尽した挙句に、革命参加者らへの「報奨」の一環として金銀財宝や食糧などと共に希望者らに分配された。  この者たちはもともと、仕える主人または主人によって接待や暗殺や洗脳の対象と指定された相手を性的に充足させることにのみ特化され交配創出された種族であった。  得た者たちは、やがて病的な性依存症となり、まもなく衰弱して死滅した。  ジェジュアは恐れられる存在となった。  しかし後宮という安楽な居場所を失った以上、飯の種は自分で稼がなくてはならぬ。  必然として、娼館街が築かれた。  すぐにそこは支配層と被支配層とに分かれ、下層末端の者たちは、一日に数十人の客をとるよう強制された。  さらにはより短時間で満足させて回転数をあげるようにと、能力の研鑽を要求された。  そこから、「人権侵害」の訴えを立て自由を求め、《連盟》への亡命を希望する者たちが現われた。 5.堕天の韜晦  優はがくんと落ち込んでいた。今朝のアーリーのむちゃのせいで腰と頭がふらふらしていて、仕事中に大失敗をやらかしたのだ。 「…アーリのせいなのに~!  それなのになんでぼくここでアーリを待ってなきゃならないのー??」  ぶすくれているのは夕飯は一緒に食べようと約束させられて、それを律義にまもろうとしているせいだ。  先に自分のメシは確保して遠慮なくかっこみながら、ミロウシは苦笑した。  押し切られて流されて、言いくるめられて自分が損をしていることは解っているのに。  それでも約束した(させられた!)からには、仕方なくでも守ろうとする、その律義さがいとおしい。 「…待たせてごめんねッスグル! 今朝はごめんね~! ごめんね~!」  ぱたぱたと駆け寄ってきたアーリーは、がばりと優に抱きつき、衆目を集めている食堂の真ん中で、人目も場所柄も時間帯もなにもはばからず、強引に深いキスをしかけた。 「ちょ…っ! やだッ! なにするのアーリ! こんな所でッ!」 「だってスグルがボクのこと怒ってるからァ」 「こんなことしたらもっと怒るから!」  へぇいちおう言うことは言ってるんだなと、ミロウシはなりゆきを見守ろうとしたが、結局一方的な長い長い深く淫らなディープキスに至ってしまって。  文字通り優の口なんか簡単にふさがれた。 「…ごめんね…?」  たっぷりの唾液をしたたらせながら、にんまり笑って。  心にもない謝罪をアーリーは口にする。 「…も! いいッ!」  悔しそうな優の涙目は… 可愛い。…可愛い!  んだが…ッ! 「ごめんって! ボクのせいで疲れてるし、おなかもすいてるから機嫌が悪いんでしょ?  おわびに奢ってあげる! Aランチ!」  一番高いやつだ。  が、しかし、優の好みは完全に無視してる。 「ぼくは今日は六番が食べたいの!」 「六番ね? じゃあデザートもつけてあげるね? 何がいい?」 「………カシスの載ってるチーズケーキがいい………。」  そこで買収されるか優よ? 「じゃあね、それ2個ね! コーヒーもつけるね!」 「…ぼくはハーブティーの二番がいいんだってば! どうして覚えてくれないのっ?!」 「えぇぇぇえ? あのくっそまずい草っ葉の煮汁なんか飲まないでよッ!  キスする時にボクが不味いじゃないかぁッ!」 「なにそれアーリってワガママ過ぎる~ッ!!」  なんだかんだと騒ぎながらも完全にアーリーのペースに呑まれてひきずって行かれる。  むろん、その後、ミロウシと一緒の席になんか、戻って来なかった…。    * 「えぇ~? ぼくいつもご飯はミロ達と一緒に食べてるんだよぅ!  知ってるでしょ?」  それでも優は戻ってこようとがんばってみてはくれているところが嬉しい。 「ミロは今日はフランツが一緒にいるじゃないか!  ほらこっちの席が空いてるよ!」 「どうしてアーリーっていつもそう勝手なことばっかり言うの?」 「どうしてって、スグルのことが大好きだからでしょ! スグルこそどうしてそんなひどい我儘いうの? ボクがこんなにスグルを独占して二人きりで一緒にいたいって思っているのに、ボクの気持ちは完全無視なのッ?」 「…え? えぇ~?? …??」  口と頭の回転の速さと押しの強さにおいて、優はしょせんアーリーの敵ではない。 「それよりスグルは最近大変だったのに、今朝はお見舞いも言わずにいきなりあんなことしちゃってごめんね? それについてはボクちゃんと十分反省してるから!」 「あっ! …そうなんだよ、広明がきのう大変だったんだよ!」 「なんでヒロアキ?! ボクが心配したのはきみが盗掘団にレイプされそうだった話!」 「それもう一昨日のことだし。」 「ヒロアキなんかどうでもいいでしょ?!」 「ひどいッ! …どうでもいいんだ…!?」  広明とアーリーが当然ながら不倶戴天の恋敵同士であることなぞ、まったく気がついていないのは優ぐらいのものだが。 「…それよりほら今朝はなんかレポート書くって言ってたのにボク邪魔してごめんね?  その件についても反省してるから! ちゃんと手伝ってあげる!  …で、課題はなに? 七色イモリの生殖行動? それとも藤色蝶紋蛙の飢餓条件下における性転換法則の…」 「…ううん~。そっちじゃなくて、ユーヴェリー村と《おたく財団》に提出するほう。」 「…ぅぇ!」 「ぼく全然まちがってるって言われて、不可どころか受理拒否でガッチリ再提出を喰らっちゃったの。 『地球人日系文化圏における配偶者・恋人・愛人・セフレと、セックスしない親友ならびにただの友人・知人に至るまでの好意の絶対量比較と質的差異についての一考察』ってタイトル。」 「…それ、去年もやってなかった…?」 「だから再提出なんだってば!  アーリに教えてもらった通りに箇条書き羅列化して丸コピして出したら、 『ちゃんと自分の頭で考えて書きなさい!』って。怒られた~!」  …それをまたアーリーに相談してたらダメじゃないのか優よ…。 「だから何度も言ってるでしょ?  ぼくとスグルの関係が恋人!  きみとその辺に座ってるやつらとの関係が、ただのセフレ!  今はセックスしないって言い張ってるミロウシはただの友人で、元セフレ。 一度もシテない広明は、きみにとってはただの知人。  てか赤の他人!」  …お~い…!  と、周辺一同が、心の中で多大なツッコミを入れた…。 「…えっ…! 広明って… ぼくとは、赤の他人なの…ッ?!!!」  素直にショックを受けている優ははっきり言って間違いなく洗脳下にあると言える。 「他人でしょ! ただの顔見知りの同僚で元同窓生に過ぎないでしょ!  そんなばかばかしいこと、わざわざ考えるまでもないでしょ!」 「……他人……ッ!??」  このがくぜんと青ざめた可愛いすぎるまぬけな顔を、いますぐ広明に見せてやれないのが残念だ…と、ミロウシは思った。 6.淫魔の性典  なんだかんだと優とアーリーは、楽しかるべき正餐の山をものすごい勢いでたいらげながら、味もろくにわからなくなっていそうな不毛な言い合いを続けている。 「…もうアッタマきた! 今夜ボク絶対にスグルの部屋に泊まるからねッ!  朝まで絶対に一秒だって寝かせてあげないッ!」 「えッ!? …やだ! 絶対にヤダッ!」 「だってスグルあした非番でしょ! 知ってるからねッ!」 「だってあした休日出勤になったもん! アーリのせいだもん!」 「えっ? なんなのそれは! 変な言い訳しないで?!」 「言い訳じゃないよ! アーリのせいでぼんやりしてて、蜥蜴の孵卵器トレー棚ごと全部ひっくり返しちゃったんだよ!  保護膜かけてあったから割れないで済んだけど!  展示用と生餌用と交配実験種と屋外放流用の一般種の卵もぜんぶみんな混ざっちゃって、わけ判んなくなっちゃったの!  明日それぜんぶ遺伝子判定機にかけなおして、午前のうちに分類しなおさなくちゃなんないの!  だって明日の夕方には孵る予定のコたちなんだよッ?!」 「………え~……? なにそれ…。  …………スグルのどじ。ばかぁッ……!???」 「なにそれ、アーリのせいでしょッ!?」 「……だね……? ………ごめんね………?」 「…ふんっ! だ!」 ( …かわいい…! ふくれた優が、可愛すぎる…! )  周辺は萌え死んでいる。 「でもゼッタイにボクはスグルと一緒にいたいの! 部屋には泊まる!」 「だから! ヤダって!」 「スグルとはあと一回だけ! あと一回だけでガマンするから!」 「えぇ~…? …なにそれ…、……またなの~ッ??」 「…ってことで、その辺の連中! 限定十五名様まで! 優の部屋で!  今晩ボクの生餌にされたい人っ! …いるよねッ?」  …やっぱりそうなったか…と、ミロウシが頭をかかえる間に。  われもわれもと、参加を名乗り出る連中が、少し遠めの周辺席からまでも、相次いだ…。    *  地球系人類が好む牛乳なる伝統的飲料の後代の主な生産種である《乳牛》という偶蹄目哺乳類の動物が、その乳量の生産性を究極まで上げるためにと遺伝子改変によって特化され過ぎて、自然状態で種として存続しうる範疇から大きくはずれ。  もはや人類によって人工的に精子を植えられなければ妊娠せず、切開吸引補助出産でなければ再生産しえない上に。  成獣となった後は定期的に規定量を搾乳されなければ膨満し過ぎた乳房の重みと圧迫に耐えかねて、炎症や高血圧で死に至ってしまう。  のと、同じように。  娼館ジェジュアからの亡命者である《セックス・ヴァンパイア》たちは、毎日数十回の射精や絶頂を得なければ心身の健全性を保つことができない、特殊な体質となっていた。  しかも「奉仕の相手を満足させて初めて自分も快感を得る」よう、先祖代々調教され品種改良を続けられてきた結果。  地球人が得意とする「自己満足」で解放する技ができない。  あくまでも相手の脳に干渉し、「満足させてイカせた快感」の反射を感じないと、  …自分が終わらない。  そして満足できない期間が長く続くと、簡単に暴走する。  理性も人間性も失い、次に手に入れた最初の獲物一人をとことん使い尽して、それまで溜まっていたすべての飢餓感を解消しようと試みる。  短時間に数十回も数百回も脳を壊されて「イカされた」ら、  たいがいの普通人は死ぬ。  そんな厄介な人種に、数百人単位の大集団で政治的亡命を希望された時。 『普遍的人権』を金科玉条とする地球系星間惑星連盟(テラザニア)政府は、究極の自己矛盾に陥りかけて、深甚に悩んだ。  亡命希望者と原生地球人類の『絶対普遍の基本的人権』ならびに、種としての純血固有性を、どうやって両立し、共存させたらいいのか…。    *  そこへ、年々悪化の一途をたどる自然交配による出生率の激減に悩み続けていた《リスタルラーナ》政府のほうが、新たな亡命受け入れ先として名乗りを上げた。  職業選択の自由は認めるし学業の自由の金銭的保障もするが、居住もしくは移動と活動可能な地域は政府として厳重に限定させてもらう。  常時監視体制も絶対はずせない。  職業選択の自由は認めるが「売春宿」を営業してはならない。  また、金銭を伴わない性交渉の相手を、嚇したり強制によって確保してはならない。  職業選択の自由は認めるが、あわよくば、性欲や生きる意欲が極端に低下しているリスタルラン人種に対して、性的快感と刺激を与えて、慢性的な抑鬱状態から解放し。  できうるならば自然妊娠から出産子育てに至るまでの、生物としての基本の行動意欲を持つような、精神的方向づけを奨励してくれれば、政府としてはそのボランタリーな活動に対して全面的な金銭支援は惜しまない。  ということで…  リスタルラーナ星間連盟での居住権と行動の自由を確保したジェジュアタの代表大使の一人が、たまたま地球産日系人の留学中女性との短期間の性交渉でもうけた子どもが。  ほぼ純血ジェジュアタに近い能力特性と外見を持つ、アーリーなのだった。  本人いわく「毎日最低でも二十回は抜かないと」  正気を保つのが難しくなる、という。  それでも個人売春業を一生の仕事にするのは嫌だと。  自らジェジュアタ隔離村を出て難関の試験をくぐり奨学金を得て高校から外部進学し、厳しい受験競争を勝ち抜いて連盟大学で専門教育を受けて星間公務員となり、研究機関に職を得ている。  …ので。  種族としての性的特性はほぼ真逆でも、「生まれついた血筋の制約に囚われず外の世界に出て自由に行動し学びたい!」という同じ動機で、部族だけの村から出て外部進学して高校から寮に入って同室になり、一緒に受験勉強を闘いぬいた、優と。  どう見ても対等でまともな恋愛関係とは思えなかったが。  依存と共依存であれ、馴れあいとか腐れ縁とかの愛着関係で、優の側からとしても、なかなかきっぱりは別れられない。  という点については、周囲の人間も、あきらめている事情であった…。 7.淫魔の性餐  さすがに一応制止はしてみたミロウシだったが、 「…だからスグルとは今夜はあと一回だけッ!って言ってるでしょうッ?  これ以上邪魔するなら最初にアンタのケツの穴から犯してやろうかッ?」  とか怖すぎる脅しをかけられたので諦めた。  仕方がないので優の安全確保のため監視に行くしかないかと覚悟を決める。  自分の部屋まで戻る時間的余裕はなかったので経路途上にある広明の部屋に勝手に合鍵で入って、常備場所も把握している勃起阻害剤を無断借用して慌ただしく呑み下す。  超初期開発時代の宇宙飛行士とか、現在では治安の悪い地域の地方警察署などで、短期収容雑居房の囚人間レイプ防止などを目的として開発された薬で、とにかく一定時間内、どんな刺激があろうとも勃起させない!…という単純な作用である。  効果は抜群で、広明は「優に添い寝を頼まれた時に自分の理性がいつまでもつか自信がない。」という理由でこれを入手したのだが。  難点もあって、反復連続使用期間が長くなり過ぎると、そのまま勃起不全症に陥る心配がある点と。  薬が切れかけた時間帯に一気に反動がきて、とにかく勃って勃ってしようがなくて何回抜いても落ち着かない。なんて事態になる。  先日しばらく広明が優から逃げ回っていたのは、「ほんとうに何もしない添い寝」明けで、薬が切れかけて苦しくて堪らない時間帯に。  なんとか気を紛らわそうと構外一周マラソンに出た矢先で、野外現場へと出勤途中だった優に、ばったり出くわしてしまい… 「文字通り、理性が、はね跳んだ。」とかで。  何らかの悲喜劇的事態が発生したらしい。 (武士の情けで詳しいことまでは聞いてない。)  ミロウシだってそんな厄介なものわざわざ呑みたくはなかったが、 《アーリーのサバト》参加者に、どさくさ紛れで優が輪姦されて泣かされた例もあるので、目を離すほうが怖い。    *  気がつくとなんだかんだと総勢二十名近くが、さして広くもない優の、不幸続きの個室に詰めかけてきている。  うち五名ほどが今回アーリーと同じく熱帯雨林公園から来た泊りがけの応援組で、他の面子はウィルス騒ぎのせいで「半年も逢えなかった!」と。  アーリーの脳天直撃な興奮刺激に餓えまくっていた温帯性の肉食動物組だ。  森林公園の独身職員寮の入居者約二百名中十五名ほどが「優のハーレム」の添い寝要員で、隠れ「アーリーの生贄」要員は三十数名と推測されている。  そのうち何割かは重複してもいる。  寮居住者の約二~三割がいわゆる穴兄弟とか棒姉妹とかタコ足配線で、もつれこんで絡みあっていて非常識に風紀が乱れまくったトンデモ職場環境なのだが。  もとより「絶滅危惧種」や「希少種」保護には無条件に萌える職業柄の人たちで「種に特有の」生態だと説明されれば問題なく受け入れてしまう。  年輩の林業従事者たちはおおらかなトトカルチョに興じていて、「俺ももうちょっと若かったら参加させてもらうのによぉ?!」だの「今日の相手は誰だ~?」ぐらいの勢いで噂話の種や弁当や晩酌のつまみを賭けた娯楽にしていたし。  植物学者はごくごく淡泊な手合いが多くて「…元気ですねぇ…」と苦笑して終わり。  動物学者連中は、もうほとんど「域内兎群種別棲息環境別の生殖行動比較」だの「森林狼群における年齢別個体間性行動回数観察」だのと同じ扱いで、公然と観察記録をつけてはネット上で情報交換する裏学会が実在している。  とりあえず、人権とかプライバシーとかは優とアーリーに関わる以上…  無かった。    *  なんてことを考えて、必死に気をそらしているうちにようやく薬が効いてくる。  優は、すぐ目の前のベッドの上で、乱暴に突き倒されて犯されている最中だった。 「あっ…!? …だから! それ…! 嫌だってぇ…っ!」  角度がアレなので壁際の隅に座ったミロウシの眼からは、跳ね上がる細い足とのしかかるアーリーの強すぎる腰の蠢きと、優の悲鳴と涙声しか、判明しないが。  なにやらシツコクシツコク耳元で囁かれたり苦手な部分を舐められまくったりとかいうたぐいのソフトなSM技を仕掛けられているらしい。 「…ぅぇ…っ …ぅぇ…っ …いやぁ…っ  あぁ…りぃぃぃ…っ  ………アッ! …!」  泣きながら哭きながら…  啼かされて。  いつのまにか、細い両脚が。  みずからのうごきでうごめき。  おおきく… ひらかれて。  覆いかぶさっている強い腰を…  はさむ。  からむ…。 「あぁっ! あぁっ! あぁっ! …  …お願い… お願い…  もうっ!  …いやぁ…ッ!!」  …嗚呼。  みずから愛らしい尻をつきあげ。  悲鳴一声、  夜啼き鳥は、逝き果てる。  「…スグルのばかっ! ごうじょっぱり!」  アーリーが勝手なことをほざきながら、今まで組み敷いていた相手を乱暴にベッドの隅から突き落とす。 「………ぁぁ…ッ!」  転げ落ちた優の細い悲鳴が痛々しすぎて…  こたえられない…。  観客一同は、もぞもぞとそれぞれの腰を蠢かせながら。  その一部始終を至近距離から、眺めた。   * 「ほら… お次は? 誰…?」  堕天使が。  凄絶な笑顔で。  祭壇の上から、生贄を。  召喚していた…。 8.箒姉妹 「…あぁッ! …逢いたかった! 待ってた! あたし、ずっと待ってたわ…ッ!」  ベッドの上で新たな騒ぎが始まるのをよそに。  べそべそと泣きじゃくりながら脱がされた服を拾い集めた優がよろよろとした足取りでシャワーへ行こうとするのを案の定、追いかけて輪姦そうという便乗組が出る。  ミロウシが危うくドア前を塞ぎ、睨みつけて撃退した。 「…やれやれ…」  再びすみっこに腰を落ち着けてやはり広明の部屋から無断拝借してきた缶飲料を開けて ぐびぐびと、痛いほどに熱く乾いた喉に流し込む。 「…いゃぁ…。可哀そくて色っぽすぎるわ… すぐるクンてば…!」 「げっ?」  いつのまに来たのかフランツが隣から遠慮なく手を出して予備の缶とツマミを銜える。 「…おまえ… これ参加してたか? 今まで…」 「ぃゃぁ? 初参加。後学のためにと思ってよ。」 「ぬかせ」 「だって気になるじゃんよ。すぐるクンが、あれだけ純愛してるヒロアキ相手より、なんで そんなにアーリーと… 離れらんないの?」 「ありゃアーリーが離さないだけだ。」 「だと思うけど、一応見てみないとさ」 「はん?」 「…ぼくにもちょーだい~!」  シャワーから戻ってきてまだぽたぽた滴を垂らしている優が、とぱたんとすぐ脇の床に転がって、ミロウシの腿のうえに額をのっけた。 (…ぅぉう♪…)  優のお気に入りの銘柄の缶を開けてやって渡すと、横になったまま器用に飲んでいる。 「…ぼくもう眠いのに~ ここぼくの部屋なのに~  なんでベッド使われてんの~??」  はぁはぁだのひぃひぃだの「うっ」だの「あぁ~…!」だの。  観ている間にも五分か十分程度でどんどん相手が入れ替わっていくのだが。  終わった…というか「使い捨てられた」連中はそのまま強すぎる脳への刺激に悶絶してあちこちの床の上で転がっているので、明日も早朝から休日出勤の優が今日は早めに寝たいと思っても、  …場所が無い。    * 「ねぇねぇ…! スグール…? …お願いが、あるんだけどな~?」  さらには順番待ちのお姉様と妹様が押しかけて来た。  一応たまに「添い寝」要員だ… 「えぇ~? サーラ、なぁに~?」  優は眠くなりすぎて、いかにも不機嫌そうだ。 「ほらアレ。いつもあたしにやってくれるやつ!  しっぽ!  このコにも、試させてほしいの~!」  サーラとアレイは仲の良さで知られる、美人ゆりカップルな恋人関係だが、二人で一緒にこういう場所に参加しちゃうノリらしい。 「えぇ~? …ぼくもうシャワー浴びて着替えちゃったんだけどな…」  珍しく優が断ろうと努力はしている。 「ちょっとでいいのよ! アーリー様の順番待ちのあいだだけ!  ほんのちょっと!  終わったらちゃんときれいに舐めて拭いてあげるから!」 ( …アーリー「様」ときたかよ…。)  スグルはもう断るのも面倒になったらしい。 「え~? じゃあ… まぁ… いいけどぉ~? …」  いかにも不承不承…という感じでミロウシの膝の上からのいて、女性二人連れのほうへお尻を向けて、背中を上にして、黙ってうつぶせになる。 「…?」  優が、(なんでこれは止めてくんないの?)と、うらめしそうにミロウシを見ていた。  ミロウシもフランツも、何が起るのか、判らなかった。    * 「さ! アレイ! やってみなさいな!  とっても! 気持ちイイから…っ♪」 「えぇ? お姉様…! こ、ここで…ッ?」  ここでもなにも、フランツとミロウシが床に座っているすぐ目の前で、部屋には他にも二十人からの人間がいて。  まぁ大半の視線は、ベッドの上のアーリーとその相手のほうに集中してはいるのだが。 「あらぁ、そのほうが燃えるじゃなーい?」  お姉様、とやらは、胸がでかくて可愛いアレイちゃんのピンクの寝間着の裾を嬉々としてたぐりあげ、馴れた手つきで下着をずるりと落とした。 「あッ! …いゃああん!」 ( …嬉しそうである… 。) 「ほらっ! ここ跨いで! ほらほら、もっと脚を開いて!」 「あぁっ! お姉様ぁぁぁっ!」  なにをするのかと観ていれば。 『可愛いスグルちゃんの可愛いお尻♪』につきものの、 短くて太い、  ふさふさした、しっぽを。  ぬれぬれした、ピンク女の、女性器の隙間に…  ぬらりと。  挿しいれられて。 「……あっ! …あぁぁぁぁんっ!  …むずむず…するわっ…お姉様ぁ~ッ…!」  なぜかいつのまにか優と関係するはめになった以外は、元々ふつうに女体が大好きなミロウシは、勃起阻害剤なんて呑んできてしまったことを、ここで深く後悔した。 ( …そういう参加方法があったか~…!)  となりでフランツも大歓びでかぶりつきの生ゆりショー観客と化している。 「ねっ? キモチいいでしょ? イイでしょっ?」 「あぁ…! スグルお願いっ! もっとこすって! こすってぇぇぇぇっ!」  その時の。  優の心底、嫌そうに伏せた顔を見て…  ミロウシは心底、反省奈落のどん底に落ちた。  なんというか…  満員電車のなかで痴漢に触られて我慢している女子高生…みたいな。 「自分勝手な快感を得るための、ただの道具」  としてしか、扱われていない。  悔しそうな…  泣き顔。 9.喰熾天使 「…ちょっとおねーさんたち! ボクが忙しい間にナニやってんのッ?」  おのれの尻に後ろから挿入させて激しくゆすらせて、もっともっとと要求していた最中の相手の男を一瞬で撃墜してベッドの向うに蹴り飛ばし。  怒り狂ってアーリーが怒鳴りつけた。 「あぁッ! アー様! …これはッ!」 「スグルはボクのだ! って言ったよね? おしおきするからおいでッ!」 「あぁぁッ! アーリー様!」 「アー様ッ!」  魔女たち二人は「あとでちゃんと拭くから!」なんて言った優との軽い口約束なんかすっかり忘れはて、よろめきながら駆けつけて、がばりと淫魔の足元にひれ伏した。  ひとりは紅い唇でアーリーを銜え込み、もうひとりは肩口にすがりつくようにして、その手指をさっきまで優のしっぽを挟んで歓び蠢いていた箇所へ導く。  ずぐりと。  アーリーは怒りにまかせて拳ごと、その狭い場所へと殴り入れた。 「…ひぃッ!!」  本当に痛そうな短い絶叫があがる。  鮮血が。  滴る。 「………ぅへぇ…!」  フランツが呻いた。 「………ほんとに何でもありだな…!」 「…痛いんだよ? あれ…」  優があたりまえのように言い足すので、ミロウシはざっと青ざめた。    *  ものの数分で魔女二人ともが歓喜の絶叫を放って崩落する。 「…あと、わぁ…?」  疲れも見せず、むしろもうこんなばかげたパーティーなんか飽き飽きした… という表情で、アーリーがけだるげにあたりを見回す。 「…二回戦っ! 二回戦ッ!」  まだ気絶していない精力自慢な連中が、余裕の熱狂コールに入る。 「ちょっとやめて! ここぼくの部屋! ぼくもう眠い!」 「…一回戦目が、まだの人は、もういないの…?」  ぐるりと視線が部屋の中を回って、ミロウシの隣のフランツの上に停まった。 「…あれぇ…?」 「…あ。え~と…ッ …おれもいっぺんお願いしてみよっかな~?  なんて…!」 「えぇ~ッ? フランツ、悪趣味ッ」 「なんなのそれ、スグル酷いッ!」 「とにかく!もうぼく眠いのッ!」 「…わかったよぅ…★」  アーリーに手招きされて、フランツが、ふらふらと魅入られたようにベッドに上がった。 「で? …いつもボクのスグルに勝手に手も腰も出してるアンタは、このボクから、どうされたいの…?」 「…え~と…っ」  優に比べればいくらか大きいとはいえ、フランツも顔と体格と性格からいえば、ふだんはむしろ「男に抱かれる」ことのほうが多いタイプだ。 「すぐるクンに、いつもしてるみたいに、してほしいな~っ…♪」 「………へぇ……………?」  このリクエストはたいそうアーリーの逆鱗に触れてしまったらしい。    *  狂乱の二回戦コールに耐えかねて、さすがにアーリーはその連中を引き連れて、自分に割り当てられた寮内のゲストルームに移動して去った。  その間にミロウシが残った死屍累々連中をはしから蹴り起こしては優の部屋から追い出した。  「添い寝」連中にその代価として「就寝前の地球人の儀式にカラダを使われる」優が。  あんなに嫌そうな、可哀想な顔で…  犠牲になっていたことに、ショックを受けつつ。 「…だから悪趣味だって言ったのにぃ…ッ!」  哭きじゃくりながら手当をしてくれる優の声に気絶から醒めた時。  フランツの体と心は、ものすごい絶頂と同等の、  深い深い、一生悪夢をひきずりそうなほどの、ダメージを受けていた…。  今夜はもうこれ以上動けないこと確実な生傷を受けたフランツを、添い寝も兼ねて「まぁ優しく看病してもらえ。」と。  しかたなく言い置いて、ミロウシは去った。  優はくすんくすんとフランツの頭を撫でて、 「痛かったでしょ? 痛かったでしょ?」と…  泣きべそをかきながら、  眠った。
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