悪魔との契約

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 以前、波旬が言っていた。それは前の学校にいた頃の事、波旬は彼の部屋で苺のタルトを作っていた。キッチンの向かいにあるテーブルで、手際良く果物を切っている。苺摘はそんな彼の姿を眺めていた。 「悪魔達が魂を刈り取る時、その事を、“ケーキ作り”って言うらしい」  焼きあがったタルト生地に、苺を盛り付けながら彼は言う。 「(ナマ)の生地って食べられないだろ。材料を混ぜて、高音で焼いて初めて食べられるようになる。膨れ上がった生地は人間の絶望、装飾のクリームや果物は悪魔による不幸の施しに例えるんだと」  盛り付け終わった苺に、波旬はその果汁を刷毛に含ませてコーティングをした。タルトに艶がかかりより一層美味しそうに見えた。 「ツヤ出しのコートはその人の涙を表すらしい」  完成したタルトをテーブルの前に起き、待っていた苺摘の前で切り分けた。ことり、と置かれた苺のタルトはルビー玉のように輝いている。 「完成したら後は食べるだけ。よく出来た例えだよな、本当に」  そう言って皿にそっとフォークを添える。  苺摘が一口タルトを頬張れば、甘酸っぱい苺の華やかな香りが口内に広がった。カスタードとタルト生地のバターの香りも調度良い。齧られた果肉からは瑞々しい果汁が溢れている。あまりの美味しさに思わず苺摘は綻んだ。 「スイーツ作りは分量が命だ。全ての調合を丁度良くしないと具合が悪くなる。魂を刈り取る悪魔の美学も詰まってるんだろうな。ケーキ作りっていう言葉に」  ケーキは人を幸せにするものだ。だから、悪魔にとってもそうなんだろう。人をケーキとして扱い、平らげる。まさに捕食する側の考えだと波旬は感じていた。 「まぁ、結局は食物連鎖の中で、悪魔の下に人間がいる。それだけなんだけどな」  頬杖を着きながら、波旬は自分用のタルトにフォークを刺した。一口大になったそれを掬うと、ぱくりと口に含んだ。
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