新しい生活

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「おーい、お前ら。入ってこい」  教室の中から曜の声が聞こえた。  その声で二人は揃って教室に入った。室内にいる生徒達は落ち着いている。特にざわめきもない。ただ静かに二人の事を見つめていた。流石は一応進学校。苺摘は心の中で感心した。 「苺摘廻兎です」 「波旬環です」 「こいつらが今日からのお前らの新しい仲間だ。宜しくやってくれ」  クラスの人達は律儀に拍手をしていた。波旬の言っていた通り、治安の良い学校らしい。今の所、以前浴びせられていた刺さるような視線は無い。苺摘は心の中でほっと胸を撫で下ろした。  前までは酷かった。苺摘が大勢の前に立てば、必ず批判的な視線と言葉を投げつけられていた。それが一切無い。その事実だけでも苺摘の心は十分に軽くなった。 「座席は、とりあえず1番後ろにある空席2つを使ってくれ」  曜先生に言われ、一番後ろの席に座った。右には波旬、左には腕に水色の腕章した男の子が座っている。  隣の彼は、黒に白いグラデーションのかかったホワイトアッシュの髪色をしていた。グレーの瞳、虹彩の部分に赤茶と緑のマーブル模様が散りばめられていて、目がキラキラして見えた。綺麗な顔立ちをしている。  苺摘が不安げに隣を見ると、ガッツリと目が合ってしまった。すぐに目を逸らそうとしたけれど、相手は捉えるようにニッコリと微笑む。苺摘はぎこちなく笑みを返した。 「山中 千尋(やまなか ちひろ)って言います。よろしく」  少しつり上がった彼の瞳が、知的な印象を与えている。素直に響く様な声をしていた。 「よ、よろしく…」  波旬以外に友人のできた事の無かった苺摘は、引き攣った笑みを浮かべていた。彼はそんな苺摘の様子を気にする素振りもせず、爽やかな雰囲気を纏っている。 「廻兎って、呼んでいい?」 「うん…」 「ありがとう。俺の事は好きに呼んでくれて構わないから」 「じゃあ…千尋」  戸惑いながらも返事をすると、山中は優しく頷いた。山中の顔付きは少しクールだった。取っ付き難い人のように見えた。しかし、山中自身は好青年の典型のような姿だった。  山中は苺摘に手を差し出した。  どうかこの人に嫌われませんように。そう願いながら、苺摘は彼から差し出された手を握り返した。
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