見えない明かりもたずさえて

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 パンプスの底がじゃりっと音を立てた。  無意識で一歩、踏み出していたらしい。昼間に降った雨で湿っている砂に、パンプスの先が埋まりかけている。小絵ははっとして、その一歩を引き戻した。  大丈夫だろうか。いや大丈夫じゃない。  小絵は思わず突っこんで、いやいやと首を振った。子どもにとって一人でいるには遅すぎる時間で、近くに大人がいる様子はない。公園というのは昼間は楽しい遊び場に他ならないが、夜はその意識が頭にあるからか、余計に怖い場所に思えてしまう。物陰は多く、外から人目につきにくい。  放っておいては駄目だ。例えばあそこにいるのが成人男性だったら、小絵も気にしないことにする。小絵が不審者になりかねないという類の心配はなきにしもあらずだが、身分証明書も社員証も持っている。警察や親が来たら素直に事情を説明すればいい。  小絵は頭の中でひと通りのシミュレーションをしてから、公園に踏みこんだ。 「こんばんは。何してるの?」  できるだけゆっくり、優しい声を意識して。男の子に近づいて声をかけると、少年はたった今小絵に気づいたように顔をあげた。 「手伝ってくれる?」 「え?」 「これ、重くて」  少年はすっと立ち上がった。小さい子だと思っていたが、意外にも小絵と身長差はない。十センチか、せいぜい十五センチほどだろうか。すらりとして中性的な顔立ち。  今の子ってみんなこうなのかしら。小絵はせんのないことを考えながら、水色の桶を見た。プラスチック製らしいその中には、水がたっぷりたまっている。 「何してるの?」  正確を期するならば、水しか入っていない。夏休みを思い出したからか、水風船やボールでも浮いていた方がまだ納得できそうだ。小絵は保育園の夏祭りでよく見かけた光景を思い出した。
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