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「お姉さん、これ持って」
「え?」
「あと、こっち来て」
巾着袋を差し出されて反射的に受け取ると、反対の指先に手が触れた。やんわりと導かれて、小絵は桶を九十度まわって、少年の右隣にしゃがみこんだ。
「……月」
「きれいでしょ」
「うん」
宝物を自慢するような声につられて、小絵は素直にうなずいた。
見上げた空に浮かぶ、まんまるの月。透明でいて濃い光を放って、先ほど少年を照らした明かりはこれだったのか、とぼんやり思った。
木々やビル、山に囲まれたおかげか、小絵たちがいる公園から月の背後までが暗い。主役を引き立てるような闇があたりを覆って、その輝きに星々も身を潜めている。
ずっとその下いたというのに、少しも見えていなかった。
「僕が写すから、お姉さんはそれであそこのジャングルジムにつるしてね」
少年は真剣な顔に戻って、巾着と、右奥にあるジャングルジムを指す。それ、とは。小絵は紐を緩めて袋の口を開いた。手を入れて一つ取り出すと、それはひも付きの洗濯ばさみだった。えらく日常的な気がしないのは、紐が革で、洗濯ばさみが金属でできているからだろうか。中をのぞくと同じものがいくつも入っている。
「写真撮るの?」
ポラロイドカメラだろうか。懐中電灯は試しで、フラッシュの代わりだったとか。だとしたらこの桶は。小絵はカメラには詳しくないが、何かこだわりの撮影方法でもあるのかもしれない。
「写真じゃなくて、写しとるの」
少年は前に持ってきた鞄の中から、B5サイズほどの紙を取り出した。そして左手の人差し指を、口の前にたてる。秘密だよという指示か、静かにという合図か。聞くこともできずに小絵はうなずいた。
少年が視線を下に落とす。
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