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月だ。
小絵はつられて下を向いて、ようやく気がついた。
桶の真ん中、水面に月が浮かんでいる。わずかばかりも波打たない水面に、綺麗にそのまま映った黄色。
夜空の一部がそのまま、桶の中にあった。
少年は静かに、ゆっくり、その紙を端から水の中に入れた。反対側から左手を入れて、もう一端を持つ。
月が紙の上に乗ってほんの少し、揺らいだように見えた。それから月を掬い上げるように、少年はそうっと紙をあげていく。
水面から出る直前、つん、と紙が張ったのは一瞬で、すぐに平行のまま持ち上がる。水は手品さながら、透過してしまったように桶に戻っていった。
空気に触れた紙は呼吸をするように、たぷん、とゆれる。
小絵は口に手を当てた。そうでもしないと声がもれてしまいそうだった。呼吸一つもいけないような気がして、ゆっくり、ゆっくり、外へと吐き出す。
紙の上にはぼんやりと、黄色がにじんでいた。
薄い黄色、白、黄色、黄土色、銀色。濃く、大きくなっていく黄色の丸に合わせて、外側から青が、紺が、黒が、何重にもなって白を埋めていく。
じっと待ってできたのは、夜空がそのまま移ってしまったような光景。
小絵は思わず紙の下、水面をのぞきこんだ。そこには先ほどと同じように月が浮かんでいて、当たり前なはずのそれになぜだかほっとした。
少年はふ、と紙に息を吹きかける。
すす、と腕が小絵の方向へ動いて、顔をあげると少年と目があった。無言で促されて、恐る恐る、両手で紙を受け取る。紙は湿っていたが、厚紙のような安定感があった。
そうだ、干さないと。足に力を入れて立ち上がって、一歩ずつジャングルジムへと運ぶ。時間をかけて数メートルを歩くと、鉄の棒が目の前にきてそろりと手を離した。
片手で棒に洗濯バサミを取り付けること二回、以外にあっさりと紙を挟んで干すことに成功した。知らぬ間に詰めていた息が口から吐き出される。
風もないのにひらりと紙が泳いで、そこに写しとられた夜空がなびく。見上げても本物の夜空があって、同じ月の光が眩しい。
増えた景色は、ただただ、綺麗だった。
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