見えない明かりもたずさえて

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 それから往復すること六回。  小絵が少年の隣にしゃがみこむと、少年は空を見上げて、さいごかなと呟いた。少年を見ると、少年もこちらを見てにこりと笑う。  無言で巾着袋を回収されて、代わりとばかりに紙を差し出された。小絵は慌ててかぶりと両の手のひらを振ってアピールした。どういう仕組みか知らないが小絵には無理だ。しかし右手を右手で取られ、紙がやんわりと押しつけられる。小絵の手をおおうようにした手のひらは離れない。  少年を見ると、大丈夫と言うようにうなずかれた。  できるだろうか。小絵が小さく息を吐いて心を決めると、小絵の体温と混ざり始めていた手が、ふわりと少年に戻っていった。  ゆっくり、丁寧に。  さっきまで目の前で見ていた少年の動作を思い出しながら、小絵は紙を水に差し入れた。次に指先が水に触れて、たぷんと、ない音が聞こえた気がした。  ぐにゃりと小絵の指先から水が歪む。月が消えて何もない暗闇が波打った。とっさに引っこめてしまった手の先でぴしゃりと水が跳ねる。支えを失くした紙が、ゆらりと沈んだ。  視界の隅で少年の目が見開かれて、ああやってしまった、と小絵は他人事のように理解した。 「ごめん」  こんなにできないとは思わなかった。無理だと一度は思っていたが、もう少し何とかならなかったのか。本当に今日は何もかも上手く――違う、とりあえず何とかしないと。はたと伸ばした手は受け止められた。  温度の先、少年を見ると、その顔までが水を通したようににじんでいた。 「何があったの?」  少年を映した景色が歪んで落ちる。自分が泣いているのだとようやく気づいて、小絵は顔を背けてうつむいた。
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