見えない明かりもたずさえて

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 するりと手が離れて、代わりにその紙を渡される。小絵が受け取って桶をのぞくと、そこにはさっきよりも端に寄って、少し陰った月が顔を見せていた。  さいご、とはそういうことだったのか。きっと光の強い月を写しとる予定だったのだ。  もしかしたらこれはもう使い物にならないのかもしれない。でも少年がそう言ってくれるから、やってみてもいいだろうか。  小絵は深く、呼吸をした。  ゆっくりと紙を入れて、手までつけても水面は凪いだまま。左手も入れて、紙をそうっと引き上げる。息をした紙はこれまでと比べて彩度にかけたが、夜空も月も、そのままを写しとっていた。  目の前に掲げると月明かりを透かしたのか、黄色が光って見える。 「――きれい」 「お姉さんが作ったからね」  少年は小さくほほえんだ。  綺麗だ、と小絵は思った。二つの月も綺麗だが、澄んだ笑顔もまた、同じように。 「それ、お礼ね」 「いいの?」 「最初からそのつもり。手伝ってくれたおかげでたくさんできたから」  少年は立ち上がって、小絵の後ろを通り抜けた。ジャングルジムへと数歩近づいて、出来映えを確かめるようにうなずく。つられて立ち上がると、少年は月と、泳ぐ紙の群れを背にして小絵を見た。ぼんやりと紙が光っているように見えたが、小絵は驚かなかった。 「ありがとね、お姉さん」 「……こちらこそ」  少し冷静になったら泣いてしまった気恥ずかしさも手伝って、小絵は少年から少しだけ目をそらす。そして、空の変化に気がついた。 「……あれ、どうするの?」  もうすぐ終わってしまう。また一段、陰った月に魔法の終わりを知る。小絵はそれが惜しくなって、もう少しだけと言葉を続けた。 「必要な人に届けるんだよ」 「必要な人?」 「明かりが必要な人。それは、月そのものだから」 「そっか」  少年は小絵の紙に目をやる。手元を見ると、薄く、ぼんやりと、月が明るくなっていた。少年の後ろには七つの光がたゆたっている。  そうだろうとなんとなく、どこかで思っていた気がする。
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