【閑話】御子柴悟

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【閑話】御子柴悟

「ヤッホー御子柴ちゃん、進捗どや?」  僕が自販機の前で缶コーヒーを一服していると、フランクな声と共に肩を叩かれた。振り返らずとも判る、この飄々とした掴みどころのない声は、神崎先輩のものだ。  案の定、振り返るとそこには右手には缶コーヒーを、左手はだらしなくポケットに突っ込んだ神崎先輩が立っていた。 「進捗って……神崎先輩達だって、捜査を進めているでしょう」 「んー、実はな、上層部(うえ)の方が今回の事件(ヤマ)を事故として片付けようと躍起になって検証しとんねん。やから捜査は打ち切りやね」 「え!?」  それは初耳だった。確かに鑑識の米守さんも事故の可能性を探るとは言っていたけれども……! 「そんな……先輩はいいんですか、それで?」 「まー、躍起になってた上の連中も変なスキャンダル掘り返される前に何としても事故として片したいんやろ。今回の事件、たぶんおたくら向きやし」  神崎先輩はアッサリと言い放った。ということは、彼はこの世ならざる超常のモノを認めているのだろうか? 「神崎先輩は、その……特怪のこと、ご存じなんですか」  おずおず訊ねると、これまたアッサリと返された。 「知っとるよ。っちゅーか、本庁と合同で組んでて特怪のこと知らへんの、御子柴ちゃんみたいな刑事一年生だけやろ」 「そ、そんなに有名なんですか」 「悪い方面で、な」先輩はニヤリ、意味ありげに笑った。「特怪が陰陽師――民間人の協力者を得てることも周知の事実や」  ギクリ、身体が強張る。陰陽師、即ちカゲリのことだ。でも、それならば。 「じゃ、じゃあ何で班長達はお咎めなしなんですか!?」 「だから煙たがられてるし、同時に頼られとるんやろ。普通の警察には、超常現象を解決する力は無いんやから」  悔しいけれど、確かにその通りだ。だから、事件を解明するには民間の専門家に頼るしかない。この場合、その専門家がカゲリという怪しい陰陽師だっただけだ。 「霧雨篠いう女がどういう人物で、どういう意図を以て特怪を組織して上層部(うえ)に認めさせたのかは知らんよ。けど、別嬪さんやけど恐ろしい女やと思うわぁ。ウワサによれば、お偉いさんのコレなんだとか何とか。まるで権力者に(へつら)う狐やな」  声を潜めて小指を立てる先輩。つまり、愛人関係ということだ。霧雨篠に限ってまさか……とは思うものの、彼女が得体の知れない存在であることも確かだ。肯定も否定もできない。 「それにしても神崎先輩、やけに事情に詳しいですね」  年中無気力な先輩刑事が情報通だったとは、意外な発見だ。 「そーか? 噂だけは嫌でもよお耳に入ってきよるからな。ま、ボクも京都からこっち戻ってきたばかりやし、詳しいことは知らへんのやけど……霧雨篠はともかく、カゲリには気をつけろよ」  おちゃらけていた声のトーンが一転、低くなる。今まで聞いたことのない真剣味を帯びた声音に、僕は思わず身を硬くする。 「陰陽師を名乗っちゃいるが、アレは人間じゃない。もっとおぞましい、バケモノに近い何かや。うっかり気を許して、喰われんように気ィつけや」  神崎先輩のアンニュイな瞳の奥に燻る感情が垣間見えて、僕はギョッと息を呑んだ。その感情の名は、憎悪。先輩は、カゲリを憎んでいる? でも、どうして――?  強い口調に僕は、頷くことすらできなかった。
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