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◇
「お待ちしておりました」
僕らが再び大和建設を訪ねると、亡き社長秘書である木嶋が出迎えた。今回も霧雨篠のおかげでスムーズに応接室に通された。しかし社長が不在の今、代表を務める岡副氏は不在のようだった。
「岡副はただ今別件が立て込んでおりますので、こちらでしばらくお待ちください」
「ああ、ちょっと待ってください」そのまま退室しようとする木嶋を、カゲリが呼び止めた。「岡副氏が来るまで、少し話をしませんか」
「……何でしょう? お話しできることは、全て話したはずですが」
呼び止められた木嶋の声には警戒の色が滲んでいる。無理もない、室内に入っても頑なにフードを脱がない失礼、かつあからさまに怪しい男に話しかけられたら、誰だって訝しむだろう。相棒となった僕ですら、カゲリを一ミリも信用できないのだから。
カゲリは不気味なほど明るい調子で続ける。
「なァに、ちょっとした世間話ですよ」
「はぁ……」
木嶋は戸惑いつつも、カゲリの話を聞く姿勢を見せた。すかさず、カゲリが切り込む。
「木嶋さんは、菅原道真公をご存知で?」
「天満宮に祀られてる学問の神様、ですよね」
「流石、博識ですね」カゲリは心のこもっていない拍手と賛辞を送る。「この道真公ですが、実は悲運の人物であったことはご存知でしたか?」
「いえ――」
「では、簡潔にお話ししましょうか」
道真が怨霊として語り継がれるようになった経緯を、カゲリは語って聞かせた。平安時代、分不相応な役職を得たと周囲にやっかまれ、冤罪を着せられ太宰府に流された彼は失意の内に亡くなった。死後、御所の清涼殿に雷が落ち、結果的に道真を流刑に追いやった悉くが亡くなった。人々はこの落雷は道真の祟りだと噂した――。
「そうして道真公は雷を操る天神として祀り上げられた。雷とは神鳴り、すなわち神の怒りだ。公に朝廷を批判できない人々にとっては都合の良い存在だった。清涼殿に雷が落ちたのは道真の死後何年も経っていたにも関わらず、ね」
カゲリは胡散臭い笑みを浮かべたまま、大仰に両手を広げてみせた。
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